Kan Sanoの音楽的ライフ【観ずる日々】第10回:解除後のこと、創作のこと
新世代のトラックメーカーとして注目を集める金沢市出身アーティストKan Sanoの音楽的ライフをちょっと覗き見。
下北沢のLeteでピアノライブを始めてもう8年になる。毎月演奏していた時期もあったが、数年前から年に1、2度のペースになり、去年はとうとう一度も実現できなかった。今年こそはと思っていたらコロナが始まりLeteは営業を自粛。僕にとってLeteはたまに帰る実家のような場所。帰る場所が無くなってしまうのは非常に困る。何かできることはないか、オーナーの町野さんと話し合った結果、数人だけでもお客さんを入れて無配信のライブを開催することにした。1日9人限定で、3日間かけて27人のために演奏する。収益を考えると賢い企画ではないが、小さな規模からでも日常を取り戻していくことが今は大切だ。正直なところ最近配信疲れしている感じもある。今後も適度に配信は続けつつ、少しずつ無配信のライブもやっていきたい。
歌詞を書き直す作業が一ヶ月進まず苦しい日々が続いたが、先日ようやく終えることができた。創作はスタートが肝心で、序盤にスピードに乗れるとそのままゴールまで辿り着けることが多いが、何かの拍子に途中で一旦止まってしまうと、再度スピードを取り戻すには苦労する。メロディーや歌詞を作り直すのは昔から苦手だ。一度作ったものに向き合うためには俯瞰できるまで寝かす時間が必要だ。思い入れが強い曲ほど最初のアイデアを捨てて新しいアイデアに移行するには決意がいる。毎日向き合い続けた先にしか突破口は現れないので、一ヶ月でも随分長く感じる。
歌詞を書いて歌うようになったのは30歳を過ぎてからのこと。まだ苦手意識があるし遅く始めたことがコンプレックスになっている。昨年リリースした「Ghost Notes」の何曲かでようやく作詞と歌唱に僅かな手応えを感じ始め、中でも「My Girl」が幅広く受け入れられたことは自信に繋がった。
十代、二十代の頃の貯金が如実に結果として表れるのが三十代だと実感している。逆に言えば、三十代に入ってから吸収率が明らかに落ち始めていて、意識的に、積極的に吸収していかないとそう簡単に貯金は貯まらない。「Ghost Notes」を作り終えてから、なるべく新しい音楽を聴いたり、プロデュースやコラボでは新しい試みに挑戦するようにしている。今年最初にShin Sakiuraさんと作った「ほんとは」もそのひとつで、この歌詞を書けたことでようやくシンガーソングライターとして次の段階に進めた気がしている。
創作にはメンタルの浮き沈みがつきもの。良い曲が書けるとすべてから解放され充実感に満たされるがそれは一瞬のことで、ひとたび何も進まない日々が始まると、自分の才能の無さに凹みどんどん沈んでいく。この浮き沈みにもっと上手く付き合えるようになりたいが、解決策はどこにも見当たらないし、慣れるしかないのだろう。そんな調子で今年もアルバム制作に励んでいる。ようやく完成が見えつつあるが、ゴールまで気は抜けない。
7月は児玉奈央さんと自粛中に作ったコラボ曲「コーヒー・シェイク」と「アイノウ」をリリースする。「コーヒー・シェイク」は「瀬戸際のマーマレード」の続編と言える歌だが、サウンドはギターとベースのリフが中心になっていて、僕にとっては新しい試みであり新境地の曲だ。
◯Kan Sanoの音楽的ライフコラム【観ずる日々】
執筆者プロフィール
Kan Sano
石川県金沢市生まれ。キーボーディスト/トラックメイカー/プロデューサー 。バークリー音楽大学ピアノ専攻ジャズ作曲科卒業。FUJI ROCK FESTIVAL、RISING SUN ROCK FESTIVAL、ジャイルス・ピーターソン主催 World Wide Festival(フランス)など世界中の大型フェスに出演。 2019年アルバム『Ghost Notes』をリリース。テレビ朝日「関ジャム 完全燃SHOW」への出演でも注目を集めている。