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Kan Sanoの音楽的ライフ【観ずる日々】第17回:キム・ギドクについて

Kan Sanoの音楽的ライフ【観ずる日々】
新世代のトラックメーカーとして注目を集める金沢市出身アーティストKan Sanoの音楽的ライフをちょっと覗き見。

昨年12月にコロナに感染して亡くなった韓国の映画監督キム・ギドクについて、今話すのは得策ではないのかもしれない。SNSにはお悔やみの言葉がひとつも見当たらないし、周りでも誰も話題にしていない。話題に上がるほど有名な監督ではなかったのか、つい不安になってしまうがそんなはずはない。金獅子賞など世界的な映画祭の賞をいくつも受賞したアーティストだ。

 

このコラムはたとえ拙い文章でも、毎月本音で書くことにこだわりを持って更新してきた。今ギドクについて書かないのは自分に嘘をつくことになる。

 

キム・ギドクを知ったのは2015年だった。「魚と寝る女」や「うつせみ」を観て一気にその不可思議な世界観に魅力された。以来ギドク映画は自分にとってインスピレーションの源であり続けた。過去には「うつせみ」からイメージを膨らませて同タイトルの曲を書いたこともある。「悪い男」、「サマリア」、「春夏秋冬そして春」「アリラン」。ギドクの映画はどれも観るのにそれなりの覚悟が要る。目を背けたくなるような人間の根底にある生臭く泥々とした部分を徹底的に描き、執拗にこちらに突きつけてくる。心の準備が充分に整った時にしか観る気になれないので、ここ数年観たのはせいぜい年に1、2本のペースだったが、その1本の余韻があまりに重すぎていつもお腹いっぱいになってしまう。

 

 

「キム・ギドク」とGoogleで検索すると、追悼をタブー視するような否定的なニュース記事がたくさん出てくる。ギドクファンとしては胸が苦しくなる。

 

作品とアーティストは切り離して考えるべきだと昔は常々思っていたが、その考えも時代と共に自分の中で次第に変わってきた。この変化はギドク映画に出会うよりもずっと前から始まっていたことで、僕がアーティストとして活動していることも関係あるのかもしれない。今では犯罪者の作品は讃えるべきではないとはっきり言い切れる。しかしその一方で、ギドクが罪を犯した人間だと明らかになった今でも、彼の作品も彼自身もどうしても嫌いにはなれない自分がいる。やっぱりギドク映画がどうしようもなく好きだ。僕はギドクの気持ちに寄り添えても、被害者の気持ちには寄り添えないのかもしれない。そのどうしようもない事実にまた胸が苦しくなる。

 

キム・ギドクについて想う時、「天才」という言葉の意味を考えてしまう。「天才」と評価される人のほとんどは「真の天才」ではないと思っている。「真の天才」の閃きや発想は凡人に理解できるはずがないのだから。凡人が評価すること自体そもそも不可能だ。世に言う「天才」とは、非凡な才能を持ちながらも、自らの才能を世間に広く理解させ認めさせることができる、自己プロデュース能力に長けた人なのだと思う。「真の天才」は誰にも認められないまま、今も陽の当たらない場所で人知れず暮らしているのかもしれない。

 

キム・ギドクは成功者には数少ない「真の天才」の一人だったと僕は思う。人として、表現者としてのバランスを日々保ちながら、断崖絶壁の創作の道を歩き続けたギドク。周りには理解できない葛藤や苦悩を抱えていたのではないだろうか。

 

世界的な評価を得た後も、アメリカナイズされた大作映画には向かわず、インディーズ精神を持って作り続けることに生涯こだわったギドクのアーティスト人生は見事だったとしか言いようがない。例えばピカソは「真の天才」でありながら、世間から認められる「天才」でいることに自覚的だった。ギドクにはそういう賢さや、社会を生きていく上で時に必要なある種のずる賢さが一切なく、不器用過ぎた印象を受ける。無骨ながら繊細で、なんとなく漂う危なっかしさがギドクの魅力だった。その危なっかしさが本当に危ないものだと露呈してしまった事実を、どう受け止めればよいのか。頭では分かっていても、まだ受け止めることができない。

 

今後、ギドク作品のDVDが再発売されたりNetflixで観れる日は当分来ないだろう。二度と来ないのかもしれない。一番悲しいのは、残された彼の作品までもが今、否定され兼ねない事態になっていることだ。アーティストは生きている限り自らの作品を守り抜く責任があると思う。作品に傷を負わせたまま逝ってしまったギドクの罪は重い。それと同時に、「性」と「死」と「暴力」を描き続けたギドクの生涯が、最終的に自らの「性」と「死」と「暴力」により幕を閉じてしまったことに、鋭い感性を持つ表現者が真っ当に生き抜くことの難しさを感じる。

 

 

 

 

◯Kan Sanoの音楽的ライフコラム【観ずる日々】

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執筆者プロフィール

Kan Sano

石川県金沢市生まれ。キーボーディスト/トラックメイカー/プロデューサー 。バークリー音楽大学ピアノ専攻ジャズ作曲科卒業。FUJI ROCK FESTIVAL、RISING SUN ROCK FESTIVAL、ジャイルス・ピーターソン主催 World Wide Festival(フランス)など世界中の大型フェスに出演。 2019年アルバム『Ghost Notes』をリリース。テレビ朝日「関ジャム 完全燃SHOW」への出演でも注目を集めている。

HP:Kan Sano公式
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