Kan Sanoの音楽的ライフ【観ずる日々】第24回:弾き語り
新世代のトラックメーカーとして注目を集める金沢市出身アーティストKan Sanoの音楽的ライフをちょっと覗き見。
一人でギターやピアノを弾きながら歌うことを「弾き語り」という。考えてみれば、僕は音楽を始めた小学校5年生以来ずっと弾き語っている。当時はピアノよりギターを弾くことが多かった。ミスチルやビートルズに憧れていたからだと思う。バンドをやりたかったが、周りに好きな音楽の話を一緒にしたり、楽器が弾ける友だちはいなかったし、一人で弾き語るしかなかった。
その後高校時代にバンド活動を始め、音大に入ってからはパソコンで音楽を制作するようになり、徐々に弾き語りからは遠ざかっていったが、二十代のいつ頃からか、演奏する側ではなく聴く側として「弾き語り」というスタイルに惹かれるようになった。
弾き語りを軸に活動するアーティストで当時一番よく聴いていたのは長谷川健一さんだ。金沢でハセケンさんのライブを初めて観た時は大きなショックを受けた。初めて聴く曲、初めて聴く歌声に涙が出た。あんな経験は後にも先にも一度きりだ。ハセケンさんはギターを弾きながら歌う。ギターも声も倍音をたくさん含んでいて、お互いに共鳴し合う響きが心地よい。
バンドだとみんなで合わせるためにある程度一定のテンポで演奏する必要があるが、弾き語りはもっと自由だ。テンポは好き勝手に揺れていいし、途中で速くなったり遅くなったりしてもいい。同時期に初めて七尾旅人さんの弾き語りライブを観たが、これも僕にとっては衝撃的な経験だった。
長谷川健一さんと七尾旅人さんの弾き語りには同じ演者としてかなり影響を受けている。僕の弾き語りライブを観るとその影響が分かると思う。
僕は基本的にライブはバンド編成でやるのが好きなのだが、近年はコロナの影響もあり、弾き語りライブの機会が増えてきている。バンドでライブをやる時とソロでやる時とでは、心持ちが随分違う。バンドはもらった音にまた音を返して、サウンドを発展させていく、コミュニケーションの音楽だ。みんなでひとつのものを作っていくのは一人より気持ちが楽だし、少し開放的になる。外にエネルギーが向かっていく感じ。逆に、ソロだと対話の相手は常に自分自身で、1音1音に誤魔化しが効かない。自分の精神状態がダイレクトにライブの出来に影響する。体力を使うのがバンドで、精神力を必要とするのがソロと言えるかもしれない。
8月にBaby Q 納涼祭というイベントが東京・大阪であり出演させて頂いたが、僕も含めほとんどの出演者が弾き語りのステージだった。一人のアーティストとして個の力を試されているようで、穏やかな時間の中にもとても緊張感があった。僕と同じくピアノの弾き語りで演奏したクラムボンの原田郁子さんやEGO-WRAPPIN’の中納良恵さんと終演後にお互いをたたえあった。何も無かったこの夏の数少ない良い思い出だ。
◯Kan Sanoの音楽的ライフコラム【観ずる日々】
執筆者プロフィール
Kan Sano
石川県金沢市生まれ。キーボーディスト/トラックメイカー/プロデューサー 。バークリー音楽大学ピアノ専攻ジャズ作曲科卒業。FUJI ROCK FESTIVAL、RISING SUN ROCK FESTIVAL、ジャイルス・ピーターソン主催 World Wide Festival(フランス)など世界中の大型フェスに出演。 2019年アルバム『Ghost Notes』をリリース。テレビ朝日「関ジャム 完全燃SHOW」への出演でも注目を集めている。