Kan Sanoの音楽的ライフ【観ずる日々】第43回:音楽を作り続けること
生活、音楽活動、これからのこと、いろんなことを一度見直す時期が来ている気がする。立ち止まるのはあまり好きじゃないが、そういう時期もたまには必要なのかもしれない。
僕の人生の中心にあるのは、やっぱり音楽だ。音楽制作、トラック制作、デモ制作、創作、作曲、曲作り…、様々な言い方があるが、とにかく音楽を作ることが生活の中心になってからもう25年以上経つ。こんなにも長い間音楽を作り続けてきたのに、達成感や充実感はほとんどない。むしろまだ何も作れていないような感覚、焦燥が常にある。だから今も音楽を作り続けているので、これはある意味才能と言えるのかもしれない。しかしそれと同時に、自分は本当に才能がないのかもしれないと言う感覚もあり、才能の限界も時に感じる。
僕にとって音楽を作ることは仕事だけど、それだけではない。仮にもし働く必要が無い状況になっても、結局音楽を作ると思う。音楽は仕事であり趣味であり、自分と向き合うことであり、大袈裟に言うと生きることそのものだ。才能があろうと無かろうと、とにかく作るしかない。音楽以外に特にやりたいこともない。他のことをしていても結局音楽のことを考えているし、遅かれ早かれ音楽に戻ることになる。この数ヶ月間ライブ活動をお休みして、今は自由な時間がたくさんあるにも関わらず、結局のところほぼ毎日曲作りを続けている。次のアルバムを制作する予定があるので今はそのためのデモ制作期間ではあるが、もし何も予定が無くてもやっぱり作っているんだと思う。曲作りから逃れられない人生になっている。それでも音楽が嫌になったことは今まで一度もないし、本気でやめようと思ったこともない。むしろ音楽にずっと救われている。先月も久々に友人のライブを観に行って、ちゃんと感動して、ちゃんと泣いた。
良い曲ができると元気になる。曲ができないと落ちる。こうやって書くとシンプルで分かりやすいが、この微妙なメンタルの浮き沈みとの正しい付き合い方が未だによく分からない。良い曲ができてもその充実感は長くは続かない。作り終えるとすぐに次の制作に気持ちが向かうので、そうすると充実感はたちまち消えてしまう。僕の創作活動はずっとその繰り返しだ。もっと気楽に音楽を作れたらいいのにと自分でも思うが、それがなかなか難しい。追い込まれて追い込まれて、何をやっても上手くいかなくて、それでも諦めずに作り続けていると、ある時急に良いものができるようになる。そういうゾーンに入る時期が不意に訪れる。その時だけは本当に自然に、さらっと、当たり前のように、流れるように音楽が作れてしまう。最初からそのゾーンで作れたら楽しいけれど、そう簡単にはいかないし、どうしても時間がかかる。苦しい時期を通過しないとそのゾーンには辿り着けない。
僕は音楽リスナーとしてかなりこだわりが強いし、厳しい耳を持っている自覚がある。ストライクゾーンが狭いし、好き嫌いが年々ハッキリしてきている。リスナーとして求めている音楽、こういう音楽を聴きたいという欲求は、いざ音楽を作る時にすべて自分に降り掛かってくる。リスナーの自分を満足させることはいつも難しい。それでも音楽活動を仕事にできていることには幸せを感じている。自分が一番好きなことを仕事にして暮らす。簡単なことだが、実現するのはとても難しいことだ。それができているだけでも、自分は本当に恵まれているしラッキーだと思う。