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Kan Sanoの音楽的ライフ【観ずる日々】第57回:蕎麦湯

金沢市出身のキーボーディスト/プロデューサー・Kan Sanoが綴るエッセイ。新世代のトラックメーカーとして支持されるアーティストの音楽的ライフを覗いてみよう!

 

麺類は全般的に何でも好きだけど、その中でも蕎麦は子供の頃からずっと好きだ。蕎麦ならいつ何時でもウェルカムだし、この身体は蕎麦に対して相当な信頼を寄せている。お腹の調子が悪い時、食べ疲れしてる時はうどんが良いと聞くが、僕はそういう時もうどんより蕎麦を選んでいる気がする。ツアー中に移動と外食続きで疲れて食欲が無くなった時でも、蕎麦だと楽に食べられる。

東京から金沢の実家に車で帰省する際は、途中の長野の小布施辺りで蕎麦を食べるために一度高速を降りることもある。小布施には葛飾北斎が晩年に描いた天井絵(八方睨み鳳凰図)がある岩松院というお寺があり、蕎麦の後にこの絵を見に行けば、お腹も心も満足感でいっぱいになる。

 

蕎麦の後に飲む蕎麦湯も何気に結構好きだ。あんなに優しい飲み物ってなかなか他には無い。缶ジュースみたいに自販機で買えたらいいのにと思うけれど、鮮度が重要なあの風味はやはり蕎麦屋でしか味わえないものなのだろう。

僕は蕎麦湯は蕎麦湯だけで飲みたい派なので、蕎麦猪口につゆが残っていると地味に困ってしまう。多かれ少なかれ蕎麦つゆは必ず残るもの。一滴もつゆを残さず完食するのはなかなか難しいし、残ったつゆを飲み干すのは何となく気が進まない。結局いつも蕎麦湯をたっぷり注ぎ、残ったつゆをできる限り薄めて飲むことになるのだけど、何だかなあ…と内心思っている。新しい蕎麦猪口か湯呑みを店員に頼めばすべて解決なのだが、何となく申し訳なくていつもできない。このコラムを書きながら改めて他に解決策がないか考えているが、やっぱり無さそうだ。そろそろ勇気を出して頼むべきなのかもしれない。UAさん曰く、今年は誰にとっても変化や成長を促す年になるらしい。気兼ねなく蕎麦湯を蕎麦湯だけで味わえる人間にそろそろ成長したい。

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