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二度と行けない金沢のあの店で2002 〜地下街のバーニングマン編〜|MOcA Diary カレーってからいですか #05

金沢・石引商店街のカレーマスター・モカさんが、カレーを仕込むかたわらでお送りするエンタメ系ゆるコラム。

 

昨年に都築響一先生の編集で、人気芸人からアイドル、作家、ミュージシャン、映画監督、芸術家、マンガ家、イラストレーター、クレイジージャーニー、クリエイター、編集者に女王様まで、各界の著名人総勢100人が100通りの”今はもう無い店“への思い出を綴った名著、『Neverland Diner〜二度と行けないあの店で』(通称ネバダイ)を読んだ方はいらっしゃいますでしょうか。

 

そのネバダイのスピンオフ版『二度と行けない金沢のあの店で』が昨年発売しまして、僭越ながら僕も本名の本池和樹名義で石引商店街の今はもう無くなったあの店この店について書いていますので、読んでもらえたら嬉しいです。(松山編、京都編、高崎編、大阪編、広島編、下北沢編、神戸編も発売されています)

 



執筆者は某新聞社のおしかわえりこ記者、金沢でビッグイシューを売ってたおっちゃんとしても有名な小坂保行さん、「乙女の金沢」主宰の岩本歩弓代表、「馬人舎」の屋号でライターをされてる井上奈那さん、オルタナティブラップユニット「YOCO ORGAN」のペルタニさん、アートコレクターの山川博子さん、新天地商店街「kappa堂」店主の早見卓家マスターという個性派8名と、「石引パブリック」砂原久美子店主の責任編集でお送りしています。

『二度と行けない金沢のあの店で』は、石引パブリックの通販サイトかJO-HOUSEにて販売。石引パブリックだけで200冊以上売れているそうで、もう在庫のみかもしれませんよ!

 

 

そんなわけで今回は本に収録されてない『二度と行けない金沢のあの店で』を書いてみます。

 

僕が金沢に引っ越してきたばかりの2001年頃、武蔵ヶ辻交差点の当時ダイエー金沢店(現かなざわはこまち)と名鉄エムザを繋ぐ地下街で「チャレンジショップ」という企画が開催されていました。地下街の舗装のために取り壊されることが決まっている空き店舗を利用して、工事が着工するまでの1年間限定でお店をやってみたいという人に貸すという企画だったと記憶しています。

 

名鉄エムザが開業したのが昭和48年(1973年)。おそらく同時期にできたであろう地下街はどの店舗も雰囲気から察するに喫茶、スナック、ラウンジだったことが想像できる昭和風情の通り。全店が立ち退いているので、すでに誰かにとっての「Neverland Diner〜二度と行けないあの店で」状態となっていました。

 

地下街のチャレンジショップのことは、僕が金沢に引っ越して初めてできた友達のA君に教えてもらい、A君の友達のケンジ君とリョー君がチャレンジショップ内で「ON THE CORNER」という古着屋を始めたので行ってみようというのが始まりで、それからはチャレンジショップ街に入り浸りになりました。

 

チャレンジショップは「ON THE CORNER」のほかにタケさんという男性がやっていた純喫茶「T’s Cafe」がありました。純喫茶「T’s Cafe」は、薄暗い店内に品の良いこげ茶色の内装と昭和で止まっているクラシカルなテーブルや椅子、壁時計の振り子がカチカチと店内に響き、ごく小さな音量でチェット・ベイカーなどのジャズレコードが流れる穏やかな雰囲気で、5席くらいのカウンターとテーブル席2つに加えて、階段を登ると店内全体を見渡せる高い位置にテーブル席がありました。

 

地下にあるので日光が入らず、真っ昼間に行っても何時か分からなくなる空間でコーヒーを飲んでいると、落ち着くどころか逆にありそうで存在しない非日常に居るようで静かに興奮していたもんです。

 

タケさんは当時30歳くらいで細身でキリッとしたつり目の端正な顔立ち。声は低くあまり口を開けずボソッとした口調、でもいつも柔らかい態度で接してくれて、そのうち「T’s Cafe」の常連になっていくと、閉店後に店内にお酒を持ち込んで飲んだり、自分の遊び場にしてカフェで知り合った音楽好き人と好きなレコードを聴かせ合うイベントをやったりしました。

 

そのうちタケさんとは一緒にお酒を飲む仲に。酔うと「LOVE(ラーヴ)」と言うのがタケさんの口癖でした。右手を卵を持つくらい軽くグーにして指先を口元に持っていき、「ラーヴ」と言う瞬間に手を上向きに開いて言霊をフッと飛ばすように言うのがタケさんのやり方。僕の中で「ラーヴ」の動きは、2002年の個人的流行語大賞を受賞しました。ラーヴ。タケさん「T’s Cafe」が無くなってから会っていないし、今どこで何をされているのでしょうか…。

 

チャレンジショップ街では、他にも金沢大学の現役学生のヨッシー君がビンテージ雑貨屋さん「オシャレ専科」というお店を彼女と放課後にやっていました。ヨッシー君は現在石川県だけでなく、日本でも有数の人気パン屋さん「月とピエロ」の店主になってます…出世!

 

月とピエロのFacebookを覗いてみる

 

今は柿木畠で「Cafe&Gallery musee」を営まれているレイコさんはオーダーメイド帽子屋さんをやっていて素敵な帽子を作ってもらった思い出が。

 

Cafe&Gallery museeのFacebookを覗いてみる

 

あと店名を忘れたけどミチルちゃんという女の子が古着屋さんをやっていました。

 

そうだ。「ON THE CORNER」はチャレンジショップ終了後に、新竪町の出口に実店舗を構えてオープン。金沢の古着&昭和ビンテージマニアの拠点となっていましたが、今は紆余曲折を経て店主のケンジ君は転職実績北陸No.1の人材派遣会社として評判の「株式会社オン・ザ・コーナー」の代表取締役に…出世!

 

株式会社オン・ザ・コーナー

 

そして「ON THE CORNER」の看板娘だったミキちゃんは地元の福岡に戻り旦那さんとテキスタイル・ブランド「makumo」を立ち上げ、日本を代表するスポーツファッションブランド「オニツカタイガー」とコラボレーションした商品を発売したりと有名に…出世!

 

makumo

 

チャレンジショップは公約通り1年後にはアメリカのバーニングマンのように跡形もなくなりました。当時の写真も残ってないし、ネットで検索しても全くヒットせず。なのでこうやって忘れないうちに文章にしたら、一人か二人は「覚えてます!僕も私も行ってました!」という人に出会えるかもしれません。読者の皆さんももう無くなったお店を文章で蘇らせてみては。

 

僕はといえば2002年から変わらず「JO-HOUSE」のままです…というわけで20年前のネバダイでした。ラーヴ!

 

 

この連載のバックナンバー

 

Instagram:@Jo_house1972
Instagram:@mocurry
Twitter:@MoCurry

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