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芸術家・田口行弘さんとアートプロジェクト〈Discuvry in Kanaiwa〉を振り返る

2019年9月、ベルリンを拠点に活動する芸術家の田口行弘さんが、パートナーのキアラ・チッカレッロさんと共に、金沢の金石地区に滞在し〈Discuvry in Kanaiwa〉を制作した。

 

田口行弘(たぐち・ゆきひろ)
1980年大阪府生まれ。東京藝術大学美術学部油画専攻卒業。2005年よりドイツ・ベルリンを拠点とし、アジアやアフリカなど世界各地で活動。ある場所にもともと存在するものを動かしながら、ドローイングやパフォーマンス、アニメーションなどのさまざまな表現によって作品を制作する「パフォーマティブ・インスタレーション」が注目を集めている。2018年秋には金石地区に滞在し、地域住民との交流を通して金石海岸に作品を制作した。

 

〈Discuvry〉とは、2013年から14年にかけてふたりが行なったプロジェクト。ベルリンの街中から廃材を集め、電気も水道も通っていない大きな空き地に、生活と制作の拠点となる小屋を建てた。1年後には小屋の周りにさまざまな国籍の人々が集まり、30軒もの小屋が建つまでに。2014年の秋に解体されるまで、その空き地は生活と制作が共存するコミューンとして確かに存在していた。今回、金石海岸で制作された小屋は、そのときの資材が活用されている。

 

ベルリンの空き地で生まれた、アーティストの居場所

 

― 〈Discuvry〉を制作したきっかけは?

 

ベルリンに拠点を移してから、約8年間ずっと同じアパートで暮らしていました。あるときからその生活にマンネリを感じるようになって、引っ越しをすることになりました。ただ、その当時からベルリンの物価は高騰していて、アパートの競争率も激しかった。その頃に出会ったのが、建築のエンジニアを目指してイタリアからベルリンに移住してきた、現在の妻であるキアラ。ふたりで話し合い、空き地に小屋を建てようという話になりました。アーティストといっても創作活動をするためには、普通の人と同じく日々の生活が基盤となります。そうした中で、どこからどこまでが生活で、どこからどこまでが制作なのかという、ボーダーラインに興味が生まれました。それなら生活から制作してみようと思って始まったのが〈Discuvry〉です。

 

― 〈Discuvry〉とはどういう意味ですか?

 

発見を意味する「Discovery」と、空き地のある通りの名前「Cuvry」をかけ合わせた造語です。

 

― なぜ、廃材を使って小屋を建てるのですか?

 

材料となる物の出所や背景にあるものを突き詰めて、それらと制作との間に関係性を持たせることに意味があると感じています。だれかにもらえばその人との関係性。どこかで拾えばその土地との関係性が生まれます。

 

田口行弘さん(左)とキアラ・チッカレッロさん(右)

 

― 金石海岸という場所を選んだ理由は。

 

2018年の秋に、金沢21世紀美術館が主催するアートプログラムに参加し、金石海岸で漂流物を資材にした「居場所」を制作しました。この場所ならもっとスケールの大きいものが作れるかもしれない。そう感じて、人の気配が無い場所にアクセントをつけ、人が行き来するきっかけとなる居場所をつくろうと思いました。

 

― 田口さんにとって「Discuvry」の存在意義とは?

 

「生活の中からどう作品が生まれるか」を自分自身に問いかける場であり、この場所を訪れる人とのコミュニケーションによって「どういった生活が人間を良い方向へと導いてくれるのか」を考える場でもあります。また、ベルリンの空き地では、さまざまな国籍の人たちが生活し、刺激的で、楽しく、有意義な日々を過ごすことができました。その一方で、あちこちで喧嘩が起き、ゴミ汚染などの問題も多発し〈Discuvry〉が世界の現状を映し出す鏡のようにも見えてきました。

 

ベルリン、デンマーク、日本の金沢へと居場所を移しても、田口さんの思いは変わらず。その土地の問題や魅力に気づき、発見できる力が〈Discuvry〉にはあるのかもしれない。

 

 

アーティストと地域が交流する一夜限りのイベント

「〈Discuvry in Kanaiwa〉踊る家」は、ダンサーやミュージシャンなど、さまざまなアーティストたちが集う一夜限りのイベント。ここでも田口さんの心を震わせる多くの出会いがあった。

 

藤條虫丸さんによるワークショップ「肉体詩人の呼吸法」

 

とくに天然肉体詩人として国内外で活躍する舞踏家、藤條虫丸さんとの対面は印象的だった。「色々なものを積み上げながら、精神的に鍛えられてきた方だというのが会話や所作から伝わってきました。イベント中も虫丸さんを中心とした小さな円が、人が人を呼び込んで、大きな渦になっていく様子を肌で感じました。それだけパワーのある人。ここで出会った人たちとは、またどこかでつながりそうな予感もしています」と田口さん。この模様はYoutubeでも見ることができる。

 

 

 

11月2日には来場者が持ち寄った日用品や雑貨などを物々交換できる「漂流マーケット」を開催。当イベントを最後に〈Discuvry〉は解体されるとのことなので、この機会にぜひ訪れてみて欲しい。

 

自治区 金石大野芸術計画(Kanaiwa Ono Art Project)
「自治区」は、金沢21世紀美術館が2017年度より実施している長期プログラム。2018年度以降はアーティストが滞在し、地域の方々とともに活動しながら調査や制作を進めるアーティスト・イン・レジデンス・プロクラム(AIR)を加え、ふたつの柱で構成。アーティストと地域が刺激しあい、新しい「何か」が生まれるきっかけとなることを目指して、美術館を飛び出しアーティストとともに金石大野に新しいAIRの拠点を作り、年間を通して金石・大野地区の地域コミュニティの良さを再発見しつつ、協働・交流の推進を図っている。

 

(取材・文/吉岡大輔、撮影/林 賢一郎)

 

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