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能登と都市部をつなぎたい。仕掛け人が語る「能登のこれから」

初めて齋藤さんと会ったのは、東京都板橋区にあるジョナサン。

「ここの慣れ親しんだ板橋も、石川県と縁のある場所なんですよ」という彼女は、東京と能登を行き来しながら、能登半島の魅力を発信している仕掛け人です。

 

東京出身の彼女が、初めて能登へと足を踏み入れたのは、2013年のこと。

翌年には、穴水町初の地域おこし協力隊となって2年をすごします。任期を終えたのちは、大自然に囲まれた能登の癒しと健康と美をテーマにした体験ツアー「ノトリトリート」など、地域の方と能登の魅力を発信する企画会社を立ち上げます。頭の中には常に能登の存在があり、今では能登と都市部をつなぐ架け橋となっています。

東京-能登。その距離は300キロ。

実際に足を運んでもらうことはなかなか難しく、彼女はどのように能登の魅力を伝え、つながりを結んでいるのでしょうか。齋藤さんの持つ企画力と行動力に触れたいと、インタビューをお願いしました。

齋藤雅代さん
1976年生まれ、東京都出身。大学卒業後、株式会社リクルートに入社し、Webメディアや情報誌の編集に従事。2014年、穴水町へと移住し、地域おこし協力隊となる。その後、地域の人の思いを形にする企画プロデュース会社『えんなか合同会社』を立ち上げ、飲食店の運営や体験プログラムの企画など、多くのプロジェクトを手がける。現在は、行政と地域と教育機関をつなげるコーディネーターとしても活躍している。

リトリートなら能登。というイメージを作っていきたい。

現在企画しているのは、能登をフィールドにその土地ならではの体験ができるというプログラム。

年1度、秋に開催している「ノトリトリート」では、里海の風景が一望できるヨガ体験や、里山の暮らしが残る地域に自生するヤブツバキで作る椿茶づくりなど、自然と食と美、人との出会いを丸ごと体験できるプログラムが人気です。

 

健康の森(輪島市)で開催したときの写真。まるで森の中にいるよう。講師は金沢出身の長元妙香さん。

 

農家民宿江戸(穴水町)で開催した時の朝ヨガ写真。海の波の音を聞きながら。
撮影:乾哲史

 

昨年開催された「ノトリトリート」でのプログラム。鹿波地区のヤブツバキの葉を、地域に伝わる焙煎方法で炒ってお茶づくり。

 

完成したお茶は袋詰めして旅の土産に。気になるお味はスッキリと、ほんのり甘みを感じる紅茶のよう。癖がなくて飲みやすい。

 

郷土料理を楽しむプラン。海と山の幸の旬が味わえるのも能登の魅力。
撮影:乾哲史

ノトリトリートとは、どんな旅ですか?

齋藤:そもそもリトリートというのは「日常を離れてストレスの少ない環境でゆったりとすごすことで、身体や心のバランスを調整してリフレッシュする」こと。能登は輪島や穴水など地域ごとにそれぞれ違った魅力があるので、能登全体をフィールドにその魅力を体験してもらいたいと企画しました。将来的には、午前中はここでヨガをして食事はここでと、参加者が好きな場所で好きな滞在体験を選び、組み合わせられるような旅にしたいと思っています。リトリートに出かけるなら能登と思ってもらえるように、シンボリックな場所にしていきたいです。

 

心身を癒すスローツアー。毎年多くの旅行好きやグルメ好き、美容感度の高い参加者が集まる。

 

江戸時代から400年という歴史が息づく文化財「天領庄屋中谷家」(能登町)を見学し、建物内である手打ち蕎麦屋「そばきり 仁」でランチタイム。贅沢な時間。

 

店主が手打ちする絶品の十割蕎麦に舌鼓。

海外ばかりに目を向けていた20代。

能登を知ったきっかけを教えてください。

齋藤:大学卒業後に入社した企業で、ウェブサイトの立ち上げや、雑誌の編集に携わっていました。29歳のとき、日本の外の世界を見てみたいと思い早期退職。もともと観光と食文化に興味があったので、「本場」を学びたくてフランスに行ったんです。各地を巡る中で「シャンブル・ドット」といって一般家庭のゲストルームに泊まって暮らしを体験するフランス版の民泊体験をしたり、郷土料理を学ぶ教室に通ったり、フランス人に日本文化を紹介するイベントのお手伝いをしたりして、1年ほどすごしました。その後は、フランス企業の日本でのPRの仕事もするようになって、行ったり来たり。

 

パリの料理学校にて。郷土料理を学び、卒業資格を取得。
(写真提供)

 

齋藤:フランスのすばらしいところは、シャンパンならシャンパーニュ地方、ブイヤベースだったらマルセイユ、クレープだったらブルターニュ地方と、その土地ごとに、世界に通用する食文化があるというところが魅力的です。

20代の頃は、もっと海外に出て行きたいという意識が高かったのですが、いろんな国や地域を見ていくうちに強く意識するようになったのは「自分は日本人なんだ」ということ。「自分の生まれた場所についてもっと知らないといけない。自分にしかできないことは何だろう」と思うようになり、帰国したんです。そんな中、東日本大震災もあって、被災地での活動を通じて、より日本の地方の魅力や地域の人の力にふれるようになりました。

能登の街には品格がある。

齋藤:帰国後、映像制作に携わっていた時期があり、お世話になった方のご紹介で、能登を舞台にした映画に関わりました。撮影中は酒蔵に3ヶ月近く滞在したり、地域の方との生活を通して、能登の食文化に興味を持ったんです。

そのころ、穴水町で初めての地域おこし協力隊を募集していたこともあり、穏やかな海のある穴水町に移住を決めました。

当時感じていた能登の魅力は、どんなところですか?

齋藤:そうですね。山と海の自然と暮らしが近くて、圧迫感がないんです。近くの海から上がる魚の種類が豊富で、季節によってこんなにも変わるのかと思いました。それに、能登も過疎化が進んでいますが、半島の先端まで立派な家々が続いていて、それぞれの玄関先が綺麗にされていたりと、そんな佇まいから品格を感じました。また、今でも物々交換があって、畑でとれた形の良いものは人へおすそ分けしたりする、人の心意気も素敵だなと思いました。

そんな暮らしぶりの根底に感じたのは、食文化や暮らしの豊かさでした。

 

空き家を農家民宿にして、穴水町を楽しんでもらおうとしている地域の方々と宿泊客との交流会。年代を超えて、会話が盛りあがる。(2020年2月)

地域おこし協力隊ではどんな活動を?

齋藤:移住してすぐは、移住相談窓口で相談員をしていました。そのころはまだまだ受け入れる態勢も整っていなかったので、移住後の仕事がなかったり、空き家がなかったり。問い合わせがあっても断らなければならないジレンマもありました。何より、私自身が移住後何もできていないのに、相談を受けていても説得力がないというか。それで活動内容を方向転換したんです。起業意識もあったので、地域でできることをやろうと。ちょうど新幹線が開通するタイミングで新しい道の駅を立ち上げるという話があったので、民間の企業研修という形で、立ち上げに関わらせてもらえることになりました。

道の駅ではどんな役割?

齋藤:道の駅に立ち寄る方のことを考えて、どういう商品を扱うか、食事のメニューはどんなものが喜ばれるか。ひとつひとつを決めていきました。「別所岳サービスエリア」は、奥能登全体を総合したサービスエリアだったこともあり、一つの地域色だけでなくて「色々な地域の生産者を繋いで発信していく」そんなことを求められていたように思います。

以前、仕事で半島各地を回っていた経験がものすごく役に立ったと思います。それまでは自分だけの価値観や感覚で商品を選んでいましたが、道の駅では実際に何が売れていくのか数字となって出てくるんです。実際扱ってみないとわからない視点や感覚、感覚と実感のすり合わせもできました。能登の生産者さんとの接点もでき、どういったものがあれば観光客が喜んでくれるのかという経験も積めた気がします。もちろん、企画してうまくいかなかったこともたくさんありますが、そういった経験も全て今につながっています。

続けられる仕組みを作ることが私の役目。

地域おこし協力隊の任期後は「ドライブイン渚」というかつてレストランだった場所を海鮮炭火焼き小屋に改装した「cafe&炭火焼なぎさガーデン」の立ち上げや、江戸時代から続く伝統漁「ボラ待ち櫓漁」の復活と宣伝に携わるなど、地域の人と協働しながらさまざまな企画を手がけた。

 

齋藤:地域の方たちの強力なバックアップもあり、能登のネットワークというのはすごいなと実感しました。地域の中に飛び込んでいって、以前はなかなか理解されないことも多かったのですが、いつも考えているのは「人が働く場所と続けられる仕組みを作っていくこと」。「わたし」を中心に、何かを動かしていくのではなく、「地域で暮らす人」が中心になっていくこと。まだまだ模索中のこともたくさんありますけど。企画やアイデアがつきないのは、そんな地域の人の思いを形にしているからだと思います。

 

現在力を入れているのは齋藤さんの母校、大妻女子大学との地域連携活動。2015年から交流をサポートして、2018年に大学と穴水町が包括連携協定を結びました。夏合宿、学園祭や穴水町のイベント参加など、双方の拠点で交流が続き、最近は、学生時代に海洋生物を研究していた齋藤さんの恩師である細谷夏実教授と「能登の里海スクール」を実施しました。さまざまな交流を通して、「若手が能登に移住するきっかけづくりになれば」と齋藤さんはいいます。

 

毎年東京から多くの大学生が能登を訪れ、地域の人との交流から学びを得ている。

 

穴水小学校で開催した「里海スクール」。特産物のナマコを使った海の生きものを、身近に感じてもらおうと、タブレットと最新のモバイル顕微鏡を使って観察。写真は、恩師の細谷夏実教授。

自分の心も身体も大切にする人を増やしていきたい

今後、齋藤さんが目指すところは?

齋藤:そうですね。遠い話ですが「ノトリトリート」をきっかけに、海の貴重さや環境問題にも関心を持ってもらえればと思っているんです。というのも、(自分も会社員時代そうだったように)人って余裕がないと周りにも目を向けられませんから、その土地でしか味わえない食や体験を通して、リフレッシュできる自分の時間を大切にする。心も身体も大切にする人が増えて余裕が生まれれば、目の前の自然環境にももっと目が向けられるんじゃないかと思うんです。そして、行動に移せる人がひとりでも増えること。だからまずは、自分が豊かに健康になること。地域にある新鮮で旬の、身体にいいものを食べると自分のスイッチが入るような感覚を、一人でも多くの人に広げていけたらと思っています。

 

 

えんなか合同会社

メインオフィス:石川県鳳珠郡穴水町

東京オフィス:東京都板橋区

コンタクト:info@ennaka.com

 

※この情報は取材時のものです。

(取材・文/森内幸子、撮影/林 賢一郎)

 

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