古本と珈琲と町家。夜しか営業されない”謎”の図書館に行ってみた。
仕事終わりにゆっくりと活字に癒されたい…。
所有する本のほとんどが電子書籍というデジタル派の筆者ですが、無性に活字が恋しくなるときがあります。
情報収集のための読書ならウェブメディアや電子書籍で十分だけど、息抜きのための読書となるとなぜだか紙の本を手に取りたくなるんですよね。
そんなわけでやってきたのは、昔ながらの町家が建ち並ぶ金沢市材木町。じつは数年前からこの界隈に、夜だけ営業する図書館が増え続けているそうなんです。
なぜ、夜だけしか営業しないのかは謎ですが、仕事帰りに立ち寄るにはもってこい。さっそくお邪魔してみましょう。
夜の図書館をハシゴしてみた。
昭和初期の町家を改修したノスタルジックな雰囲気が漂う『夜の図書館べーる』。
看板が出ていないとうっかり素通りしてしまうくらい、すっかりと街並みに溶け込んでいます。金沢町家の特徴でもある木虫籠も情緒があっていいですね。
玄関を開けると、土間には天井まで届きそうな本棚がずらり。
文庫や文学書をはじめ、雑誌やコミック、児童書など、幅広いジャンルの本が並べられています。蔵書は約4,000冊と、見た目以上に多い印象。
読書できるスペースはふたつあって、大きな座卓が置いてある20畳ほどの座敷と、隠れ家的な書斎が3つ。
団欒しながら読書を楽しむ人は座敷を、ガッツリ読書に集中したい人は書斎を使うことが多いそうです。
棚に陳列された本。一見すると乱雑に並べられているようですが、じつはこれには理由があります。
「ある程度乱雑に並べられている方が、普段目につかない本が目に入ったりするんです。今まで触れてこなかったジャンルや作家の本と出会うきっかけになれば」と館長さん。
たしかに公共の図書館だと、ジャンルごとに整列されているので、自分が興味のある棚にしか見ようとしません。これはまさに目から鱗です!
入館料は200円。本の貸し出しにも対応しているそうです。
そして珈琲好きにうれしいお知らせが!なんと本を読みながら。県内の焙煎所に特注した2種類のオリジナルブレンド(300円)が飲めるそうです。
実際に飲んでみた感想は、ちょっぴりビターな大人の味。夜飲むにはこれくらいの深さが丁度いいんですよね。
町屋の落ち着いた空間で、美味しい珈琲を飲みながら読書にふける。小一時間の滞在でしたが、すっかり癒されてしまいました。
つづいて訪れたのが『べーる』から歩いて数分の場所にある『夜の図書館もーり』。こちらも改修した古民家が使われていて、なんだかおばあちゃんの家に帰ってきたような懐かしい気持ちになります。
壁一面に設置された本棚には、ざっと見て1,000冊ほどの本が陳列。蔵書はジャンルレスな印象ですが、デザインや建築関係の本もチラホラ見えます。
図書館というよりもブックカフェのような空間。ほんのりと温かい灯りも素敵ですよね。ここに好きな本と珈琲があれば、夜の数時間なんてあっというまです。
浅野川から抜ける風がとにかく気持ちよくて、外は炎天下でしたが心地よく読書ができました。
浅野川沿いといえば石川県を代表する二人の文豪ゆかりの地。もしかすると徳田秋聲や泉鏡花もこのあたりで本を読んでいたのかと思うと、ロマンを感じずにはいられません。
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館長さんにインタビュー!
ここからは『夜の図書館べーる』の佐々木修吾さん(左)と、『夜の図書館もーり』の毛利公晟さん(右)の両館長が登場。図書館を運営することになったきっかけや、最近起こった深イイ話など、アレコレ聞いてみました。
毛利さんはもともと副館長として『べーる』の運営に携わっていたんですよね?
毛利さん
そうですね。
佐々木さん
それも突然だったよね。
毛利さん
その話しちゃいますか…。
と言いますと?
佐々木さん
僕が館長になった一年後に、突然毛利くんに「べーるは僕に任せてください」って言われたんですよ。
えっ?
佐々木さん
びっくりしましたね。自分はだれにも雇われていないのに、クビになるのかと。
毛利さん
そういった奇天烈な行動を取ったのも理由がありまして…。当時、建築設計事務所でまちづくり業務に取り組んでいたんですけど、企画するだけでなくプレイヤーとして地域に親しまれるような人間になりたいという思いが常にあったんです。
なるほど。
毛利さん
そんな矢先に、べーるの館長が大学院を卒業して、県外に行ってしまうかもしれないという噂を聞いて。それを鵜呑みにしてしまったわけです。
佐々木さん
そのときがほぼ初対面だったから本当に度胸あるよね。
毛利さん
その節はすみませんでした。
そんなファーストコンタクトがあったにもかかわらず、よく副館長になれましたね。
佐々木さん
それが毛利くんの古い建築やまちづくりに対する思いを聞いてくうちに、一緒にやったら面白そうだと思うようになって。
毛利さん
僕もぜひやらせてくださいということで、しばらく水曜日は佐々木さんが、隔週土曜は僕が図書館にいるというスタイルで運営していました。
『もーり』が誕生したのはいつ頃ですか?
毛利さん
副館長になった半年後なので、2019年の春頃ですね。
なかなかの急展開ですね。
毛利さん
今、図書館になっている建物はもともと数人でシェア賃貸をしていたんです。そこでみんなが「せっかくだったらここも図書館にしちゃえば?」って言ってくれて。当初は予定になかったけど、ゼロから図書館をつくるのも面白そうだなと思って、はじめちゃいました。
面白そうだけど、それ以上に大変な気が…。
毛利さん
たしかに本だけでなく本棚もない状態だったので、完成までにどれだけ時間がかかるか不安な面もありましたね。でも、おかげさまで本棚を作るワークショップには地域の人たちがたくさん参加してくれて。コツコツと図書館を育てるという貴重な経験もできたので、結果的には大成功だったと思います。
ワークショップの様子
どういった人たちが本を読みに来るんですか?
佐々木さん
最近は学生さんが多いですね。
毛利さん
もっと近所の人たちが気軽に利用できるようにしたいんだけど、今後はそこらへんが課題かも。
佐々木さん
前の館長さんは「地元の人たちと交流できる拠点づくり」のために『べーる』を始めたそうなんですよ。僕もなるべくその意思は受け継ぎたくて。
毛利さん
材木町はご年配が多く暮らしていて、解体されていく町家や古民家が多かったりとネガティブな面もあります。でもここ数年は、この町を拠点とする面白い人たちがどんどん増えているんですよ。
佐々木さん
決して大きなコミュニティを作りたいわけではなくて、そうした人たちの活動が点でつながって、自然と輪が形成されていく。それくらいゆる〜い感じもこの町にもあっていると思うんですよね。
本はきっかけのひとつであって、目的ではないんですね。
毛利さん
そうそう。夜に営業しているのもそういった理由があって、日中よりも暗くなってからの方が夜遊び気分で立ち寄りやすい。見ず知らずの人達同士で話が盛り上がるのも、夜だからこそだと思っています。
そういえばさっきから気になっていたんですけど、この写真ってどういう状況なんですか?
毛利さん
あ、これですか!ワークショップで本棚を作っているときに、お花を持ったおばあさんがふらっと入ってきて「みんなでなにしとるんけ?」って話しかけてこられたんです。
そうなんですか。
毛利さん
じつはこのおばあさん、以前この家に住んでいた方なんですよ。
へ〜!
毛利さん
おばあさんが暮らしている頃から空き家になるまでの建物のストーリーを聞かせてくれて。心が温まったと同時に、大切に使って次の人につなげていきたいという思いが強まりました。
佐々木さん
じつはウチにも以前住んでいた方が来てくれたことがあって「そこの柱に打ってある釘にいつも鍵をぶらさげていたんだよね」なんて話を聞きました。もちろんその釘は今も抜かずにおいてありますよ。
9月4日(日)には、暁町にある『あかつきの図書室』を交えた、3館の合同イベントが開催されるとのこと。本をきっかけに生まれる新たな出会い。一体ここからどんな物語がはじまるのでしょうか。
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夜の図書館べーる
石川県金沢市材木町24-13
営業時間/19:00〜22:30
休館日/水曜日のみ開館
駐車場/なし
夜の図書館もーり
石川県金沢市材木町27-19
営業時間/19:00〜22:30
休館日/土曜日のみ開館(月1〜2回)
駐車場/なし
※こちらの情報は取材時点のものです。
(取材・文/ヨシヲカダイスケ、撮影/林 賢一郎)
まずは『夜の図書館べーる(以下、べーる)』について。佐々木さんは二代目の館長になるんですよね?
佐々木さん
そうなんです。金沢大学の大学院生だったときにお世話になった先生が『べーる』の存在を教えてくれたんですよ。前の館長さんと仲が良かったみたいで。
ふむふむ。
佐々木さん
それからすぐ、その館長さんが転勤のため石川県を離れるということで、自分が引き継いだんです。
なぜ、引き継ごうと思ったんですか?
佐々木さん
なんというか他にはない取り組みだし、いろいろな可能性を秘めていると感じたんですよね。大学院でまちづくりに関する研究もしていたので、地域コミュニティのとっかかりにもなるんじゃないかという期待もありました。