囲碁が教えてくれるもの
天才囲碁少女・仲邑菫ちゃんの台頭や、韓国トップ棋士の引退など、昨年なにかと話題を振りまいた囲碁業界。本日1月5日は囲碁の日。ということで、金沢市泉野町で囲碁サロン『石心』を経営する、インストラクターの佃 優子さんに囲碁の魅力を聞いてみました。
大阪府出身。囲碁インストラクター。高校卒業後、金沢大学への進学を目指し、金沢に移住。予備校に通いながら子供たちに囲碁を教え始める。現在は金沢市泉野町にある囲碁サロン『石心』でスクールを開校。後進を指導しながら、自身も全国女流アマチュア囲碁選手権大会優勝などの成績を残している。
囲碁インストラクターの佃 優子さん。
はじめは囲碁なんて嫌いだった
― いつ頃から囲碁を始めたんですか?
小学生のときです。両親が共働きで、学校が終わると学童保育の代わりに近所の碁会所に預けられていました。部屋の中はタバコ臭いし、最初はすごく嫌だったんですけど、囲碁を覚えるにつれて楽しくなって。小学生の高学年になると、プロの棋士に弟子入りして住み込みで囲碁を学び始めました。
― 周りの反応はどうでしたか?
恥ずかしくてだれにも言えませんでした。友達にクレープを食べに行こうと誘われたときも、用事があるからと嘘をついたりして。こっそり囲碁教室に通っていました。高校3年のときに全国高校囲碁選手権大会で優勝したことで、ようやく言えるようになりました。
囲碁サロン『石心』
― なぜ、金沢に移住したんですか?
学生の時に囲碁合宿で何度か金沢に来たことがあったんですが、そのときの印象が良くて金沢大学に進学しようと予備校に通い始めました。
― 囲碁教室を始めたのもその頃ですか?
そうなんです。知り合いの方に「囲碁の普及のために」と頼まれて、六畳一間の小さな部屋で数人の小学生に教え始めました。最初はアルバイト感覚でやっていたんですが、翌年には15人、その翌年には40人近くにまで生徒が増えていき、大学進学ではなく囲碁教室を運営していく道を選びました。
1996年には全国女流アマチュア囲碁選手権大会優勝。アマチュア界の頂点に上り詰める。
考える力を「遊び」で身につける
― 子どもたちに囲碁を教える上で、気をつけていることはありますか?
囲碁は「棋道」とも言われていて、昔から技芸の品位と礼儀を尊重してきました。相手に不快を与えず、フェアに競い合うのが最低限のマナー。どんな名人でも対局の前に挨拶をするのは「相手に勉強させていただきます」「楽しい時間を共有させていただきます」という姿勢があるからなんです。囲碁の技術だけでなく、そういった礼節などを伝えるのも私の仕事だと思っています。
― それ以外に心がけていることは?
大人でも理解するのに時間がかかる囲碁という遊びを、いかに分かりやすく、楽しく伝えるか。これはもう永遠のテーマですね。
― 情操教育の一環として、囲碁を取り入れる学校もあります。
碁盤の上に交互に石を置いて、自分の石で囲んだ領域の広さを争うのが囲碁。そういったゲーム性から、囲碁には考える力を養ったり、発想を柔軟にするだけでなく、集中力やコミュニケーション力を高めたり、人格を磨くことを助ける力もあります。そういった観点から囲碁を習わせる親御さんも増えています。
囲碁の技術だけでなく、品位や礼儀作法も大切にする。
― 新人社員の教育のために、囲碁を教えたりもするそうですね。
小を捨てて大を得るという囲碁の戦い方は、ビジネスにおける全体の構想力にもつながります。囲碁というと年配の方がやる遊びというイメージがあるかもしれませんが、最近は若手のビジネスパーソンからも注目されているんですよ。
― 佃さん自身、囲碁からなにを学びましたか?
囲碁は人生の縮図と言われるだけあって、本当にたくさんのことを学びました。ひとつだけ挙げるとすれば「無理や嘘は通らない」ということかな。コツコツとした積み重ねはいつか報われる。囲碁を打っていると、真面目に生きることが大切なんだと気付かされます。
囲碁サロンは平日でもこの賑わい。
― これからの目標はありますか?
教室を始めたときから、囲碁のステータスを少しでも上げることを目標にしてきました。地味で暗いイメージの囲碁を、若い女性が遊べる明るいイメージに変えたいんです。あとは国際交流。最近は外国人観光客の方が日本の伝統文化に触れてみたいという理由で訪れることも増えました。そういった縁を活かして、囲碁の文化を世界に発信していきたいです。
囲碁サロン 石心
セキシン
石川県金沢市泉野町1-4-6
TEL. 076-243-1088
営業時間/13:00~18:30
定休日/金曜日
入場料/一日1,200円(子どもと女性は1,000円)
駐車場/9台
※こちらの情報は取材時のものです。
(取材・文/吉岡大輔、撮影/林 賢一郎)