笑いあり涙あり。節分の夜に鬼たちが暴れる、奥能登のカオスな伝統。
今年の節分は2月2日。地球が太陽をまわる周期と暦にずれが生じて、124年ぶりに例年より1日早くなったそうです。がんばれ地球!
さて、節分といえば豆まき。「鬼は外〜。福は内〜」とやって鬼を撃退したあと、年齢の数だけ豆を食べるわけですが、奥能登のとある町では包丁を持った鬼たちが家の中を徘徊するという、なんとも奇怪な伝統行事が節分の夜にひっそりと行われます。
家々をまわる鬼たち(提供:notonowild)
本当は鬼じゃなくて神様です。
その名もアマメハギ!
奥能登に伝わる厄除け神事で、2018年には「男鹿のナマハゲ」や「甑島のトシドン」とともに「来訪神 仮面・仮装の神々」として、ユネスコの無形文化遺産にも登録されました。
ガチャと呼ばれる天狗や猿の面をかぶって、包丁(模型)を振りかざす姿は、まさに鬼そのもの。「アマメ〜、アマメ〜!」と叫びながら徘徊する光景にいたっては、大人でもゾッとする異様さがあります…。
ちなみに来訪神というのは、年の節目に人間の世界に来訪する神様のこと。目に見えないものとして信仰される神様が特別に仮装して現れ、災厄を払ったり幸福をもたらすとされています。
能登町秋吉のアマメハギ(提供:notonowild)
そんなアマメハギが伝承されているのは能登の中でもごく限られた地域だけ。そのひとつが能登町の秋吉です。多くのアマメハギが1月に行われる中、ここでは節分の夜に鬼の姿をした神が訪れます。
鬼に扮するのは地元の少年たち。ひと通りの儀式を終えたら、家の人にお菓子をもらって帰ります。
仮装をして家を回って、お菓子をもらって帰る。なんだかハロウィンに似ていますが、じつは100年以上も前からそうした伝統行事が、日本の能登には根付いているんです。もちろんテキーラを一気飲みしたり、軽トラをぶっ倒したりもしません。
ちびっこ鬼も参加。近年は少子化の影響で鬼不足とも(提供:notonowild)
ところでなぜ、鬼たちが家々をまわるのか。
それは子どもたちの怠け心を戒めるため。アマメは囲炉裏や火鉢に長く当たっているとできる火だこのことで、これをノミなどで引き剥がす妖怪がアマメハギ。子どもたちに対して「寒くても暖をとってばかりいないで、家事を手伝いなさい」と、しつけの一環として行われてきたんだとか。
トラウマとまではいかなくても、ビビらせるには十分なクオリティの高さ。現地では今でも子どもが悪いことをすると「面様(アマメハギ)に電話するぞ〜」と言ったりもするそうです。
能登の人に働き者が多いのは、こうした伝統によるものなのか。少なくとも筆者のように大人になってもコタツから抜け出せないような人間は、鬼さんサイドからすると完全にアウト。昔だったら能登の厳しい自然の中で、生き抜くことができたのか。どうなんでしょう…。
輪島市皆月のアマメハギ(提供:輪島市)
これは水木しげるのアマメハギ ©️講談社
なにも言わないクールな神様。
アマメハギの一種として、輪島市の輪島崎町と河井町では面様年頭という伝統行事が、毎年1月14日と20日に催されます。
男面と女面をつけた面様が家々をまわるこの行事は、アマメハギとは違って終始静かに儀式が進むのが特徴。
家の前に立った面様がサカキの小枝で玄関戸を叩いて来訪を知らせ、無言のまま座敷に上がります。神棚に一礼した面様が座ったら、家主が「面様おめでとうございます」と年賀の挨拶。それから初穂を備えて、一年の無病息災を祈ります。
輪島崎町の面様年頭(提供:輪島市)
アマメハギに興味をもった人は、能登町秋吉にある「アマメハギ伝承館」へ。
ここには行事で使われる衣装や鬼の面など約40点のアイテムが並び、その歴史や伝統をパネルや動画などで詳しく説明してくれます。
アマメハギ伝承館(提供:ヨシダ宣伝)
日本人の生活の秩序に根ざした、この上なく純粋で普遍的な信仰心が脈々と息づくアマメハギ。
古くから五穀豊穣や疫病退散などのご利益があるとされてきた新年の神様に、一刻も早いコロナウィルスの終息を願いたいものです。
(取材・文/吉岡大輔)