
インクルーシヴな社会とは?前編|DJ TOSHIKIのオトノイロ #17
自分たちが立ち上げた団体、一般社団法人NEIROは「インクルーシヴな社会の実現」を大きな目的として活動しています。メンバーはDJや音楽、遊びを通して楽しい時間を共有してきた仲間で、NEIROの目的に賛同してくれた人たちです。福祉に長く携わってきたり教育関係の仕事をしている訳でもありません。
でもある日、DJをしているクラブに聞こえない方たちが遊びに来ていて、振動や雰囲気を感じて楽しんでいるのを見て、「聞こえなくても音楽が好きで楽しんでいる人たちがいるんだ」という事を知り、自分がこれまで培ってきた経験で、聞こえる•聞こえないに関係なく楽しめるものを創れるんじゃないかという思いでNEIROを立ち上げました。
「インクルーシヴ社会」とインターネットで検索すると、
とあります。解釈文が少し長くて、何か分かりづらい感じもしますが、”様々な背景を持つ人たちがそれを理由に分けられたりせず、当たり前のように一緒に生活する社会” みたいな事かと思います。
自分はこの”当たり前のように” という部分がとても重要だと思っています。最近ではバリアフリーの場所も増えてきたり、障害がある人も地域の普通学校で勉強したり、いろんな仕事に就いたり、スポーツで活躍したりしています。それでも、みんなが社会で不自由なく活躍出来ている訳ではありません。
「耳が聞こえないと接客の仕事は難しいから」
「目が見えないと作業に時間がかかってしまうから」
「この仕事は責任が伴うから他の人に任せよう」
今の社会ではまだまだこういった事があるのではないでしょうか。物理的に難しいことはどうしてもあるから全てとは言えませんが、パラリンピックが開催されて障害ということに対しての理解が以前より進んでいる事、テクノロジーの進化と共に障害がある方がこれまで出来なかったことも可能になってきていて、出来る仕事も格段に増えているはずなのに、まだ社会ではこのような状況が多いようです。
上野駅に設置されたエキマトぺ。テクノロジーの進化で障害のある人の困りごとが少しずつ改善されつつある。
自分はこの問題の大きな要因は「知らない」という事だと考えています。
自分も娘が難聴児として生まれてきたことがきっかけで、障害について学んだり、日々情報を集めたり、実際に障害がある方と接したりするようになりました。その中でたくさんの勘違いをしていた事や初めて知る事が多くありました。障害がある方が、”実はこんな事で困っている”とか、”生活する中でこんな工夫をしている”とか。普段気にせず生活していると気付かない事や、初めて知る事、教えられる事がたくさんあるんです。
一緒に話をしたり仕事したりすると、すごく性格の明るい人がいたり、マイペースで自由な人、すごい才能をもっている人、本当にいろんな人がいます。気が合う人もいれば、なかなか話が弾まない人も。別に障害があるとか関係なく普通に接していると障害とか気にならなくなるんです。
もちろん、手話でも同じで、まだ自分が手話が上手ではないので難しい話は出来ないけど、ジェスチャーや口話も交えてコミュニケーションを取ることは出来るし、挨拶だけじゃなく楽しい会話だって出来ます。
多くのデフスタッフが働く東京都国立市のスターバックスのように、障害に関係なく一緒に働ける場所も増えている。
障害があるからっていう理由で気をつかっていた事や意識してしまっていた事が大きな勘違いだったと気づきました。当たり前のように、人と人として接する事がその人を知る事になり、気が合えば仲良くなるし、信頼出来れば一緒に仕事も出来る。逆に性格が合わない人だって当然いると思います。でもそれって当たり前のことですよね。この当たり前が社会の中で広まっていく事がインクルーシヴな社会を実現する大きなきっかけになると思っています。
では、自分たちの団体、NEIROではこの当たり前の日常を実現するためにどのような活動をしているのか?
次回、後編で書きたいと思います。