音楽療法の第一人者・宮本啓子さんの〈子育て論〉
子育てには悩みがつきものです。
書店を訪れても、インターネットを探してみても、世の中にはじつにいろんな育児書や子育て論があふれています。
核家族化が進んだいま、育児の不安を誰に相談したらよいのか分からず、ついついいろんな本を読み漁ったり、ネットサーフィンしまくったりして、情報収集に疲弊している人も多いのでは。
そこで今回は、音楽を通じて子供たちの可能性を見守り続けている子育てのプロ〈ミュージック・ケア〉代表の宮本啓子さんに、子育て論を聞きに行ってきました。
一般社団法人 日本音楽療法学会理事
宮本啓子(みやもと・けいこ)
石川県加賀市生まれ。1968年龍谷大学短期大学部社会福祉科卒業後、知的障害児の入居施設である「錦城学園」に勤務。1990年に老人保健施設「加賀のぞみ園」勤務。1978年、現ミュージック・ケアの生みの親である加賀谷哲郎先生に師事。先生の没後、音楽療法と指導者養成を継続。1997年に日本ミュージック・ケア協会を設立。
“音楽は子供の脳を育ててくれる栄養素”
――今日はよろしくお願いします!まず最初に、宮本さんが行なっている〈ミュージック・ケア〉について教えてください。
はい、こちらこそよろしくお願いします。〈ミュージック・ケア〉は、音楽療法のひとつの方法なんだと私たちは思っています。音楽を活用して子供たちの発達の援助を行なったり、障害をお持ちの方とか認知症高齢者の機能回復訓練や、心のケアをしています。
――具体的にどんなことを行うんですか?
お子さんとのミュージック・ケアですと、親子や参加者たちと一緒に同じ音楽を聴いて、同じ動きや音を出して楽しむんです。私たちが使う音楽にはどれも簡単な活動が考案されていて、子供の動きを自然な形で誘発することができるんですよ。
――音楽が子供に与える影響は何ですか?
音楽って、動いたり、止まったり、音を聴いたり、音がなくなったりという緩急がありますよね。音楽を通じて興奮と鎮静を体験し、行動を落ち着かせるという体験をしてもらうことができるんですよ。また情操教育という意味では、音楽を聴くことそのものが脳の栄養になりますので、情緒を安定させたり、心を豊かにしたりという影響を与えてくれます。
ミュージック・ケア代表の宮本啓子さん。
音楽はコミュニケーションの原体験
――情操教育の〈はじめ時〉ってあるんですか?
赤ちゃんの頃からぜひ。昔のお母さんがやっていたように、子供を抱っこしておんぶして、一緒に音楽を聴きながら一緒に動くと良いですよ。遅くとも3歳までには始めたほうが良いと思います。「三つ子の魂百まで」ってね。一緒の音楽を聴いて一緒にリズムをとることが、親子のコミュニケーションの原点となるんですね。もっと早く言えば、お腹の中にいるときから一緒に音楽を聴くと良いですよ。
――音楽は何でも良いんですか?ロックでも?
お腹の中にいる時は静かなクラシック系の曲、モーツァルトやシューベルトなどがオススメですけど、クラシックを嫌いなお母さんが無理やり聴いてもお母さん自身がストレスになってしまいますからね(笑)。音楽はなんでも良いんです。お母さんがロックが好きならロックでも大丈夫!ただし、妊娠中のお母さんは体に触りますので、激しくノリすぎないようにね(笑)。
――ジャンル関わらず「一緒に音楽を聴く」こと自体が重要なんですね。
そうなんです。それがあったかどうかで、後々のコミュニケーション能力が変わってきます。お母さんと一緒に喜びを共有するという体験は、計算とか読み書きの学びとはまた別の、人間として生きていくための基本的な安心感や希望が体験できるんです。現代はやはりそこが足りなくて、落ち着かない子供や、青年になっても社会参加できない大人が増えてきていると感じますね。
――コミュニケーション不足の原因は何だと思いますか?
スマホの登場はやはり子育てに影響していると思いますよ。お母さんが子供を抱っこしたりおんぶしたりするじゃないですか。その頭の上でスマホをポチポチ触ってるという場面をすごくよく見ます。昔はお母さんが家事をするときもおんぶでいつも一緒ということが多かったですが、今はスマホを見てる時間がすごく長くて、子供と一緒に過ごす時間が減ってきているのかなと思います。
子供達と音楽を聴きながらシャボン玉を楽しむ。
(画像提供:ミュージック・ケア)
「センス・オブ・ワンダー」をプレゼントしよう。
――子育てで大切なことは何だと思いますか?
私が子育てで一番大切にしたいと思っているのが「センス・オブ・ワンダー」という言葉なんです。「センス・オブ・ワンダー」っていうのは、いろんな自然現象とか、身の回りの小さなことに感動する心のことなんですが、子育てというのは「感動できる心」をプレゼントすることだと思っています。(※「センス・オブ・ワンダー」とは、自然科学者レイチェル・カーソン氏の言葉)
そのためには、嬉しいことを一緒に感動する大人の存在が必要です。それはお母さんだったり、保育士さんでも良いんですけど、例えば子供がキレイな野花を摘んできたら「わあ本当だ、キレイだね」って一緒に感動してあげる大人がいてはじめて、子供は感動する心を持つことができます。大人はつい「何?」とか「そんなもの」って思ってしまいがちなんですけどね。
——なるほど。子供の心を受け止めてあげるんですね。
はい、そういうことです。あともうひとつ大切なのは、子供を大人の付属品と思わないこと。私自身も子供達に会うときは、必ず「こんにちは」「抱っこしても良いかな?」と声をかけるなど、一人の人間として礼を尽くすようにしています。赤ちゃんであっても物体じゃないので、人間として向かい合うのが大事だと思います。
子供たちに「感動できる心」をプレゼントしたいと話す宮本さん。
〈違い〉〈多様性〉を楽しめる社会に
――ちなみに、最近は「落ち着かない子供が増えた」とよく言われますが、何が原因だと思いますか?
子供が落ち着いていられれる集中力とか持続力は、脳でいうと「扁桃体」という、感情を司る脳をしっかりと育てることが大切です。そのためにはやはり、一緒に喜ぶとか、一緒に悲しむとか、そういう人間的な日常生活が大切です。
――子供同士の関わりも大切なんですか?
もちろん!昔だったら近所の子供達とワイワイ騒いだりとか兄弟で騒いだりとか、地域のお祭りで子供だけで集まることがあったりして、そういうときに「これ以上やったら怪我をするぞ」とか「今は静かにしてなくちゃいけない」とかブレーキをかける状況を学ぶことができたんですが、現代は少子化だったり近所に子供がいなかったりとか、我慢するような場面がなかったり、周りの状況を見なければいけないという経験が少なくなったんじゃないかなあと思います。
――今の子供と昔の子供、違いを感じることはありますか?
今から15年とか20年くらい前は「キレる子供たち」という言葉があったんですよね。当時の子供たちはすごく活発で、それこそ学級崩壊とかもよく聞きました。もちろん情緒の安定という意味では問題ではあったけれど、まだ元気だったなあと思うんですね。でも今の子供たちは学校でもすごく大人しくて…。大人しいというか無表情な子供が増えてきてる気がしてます。コミュニケーション能力が育っていない子供が多いので無表情だし、静かにしていなきゃいけないときに落ち着きがない。
――ちまたでは「発達障害児が増えた」と言われていますよね。
私の身近な方の小学校の頃を思い出してみると、小学校低学年のときはいつも、教室の後ろの方でずっと暴れてたんですよね(笑)。今でいうと発達障害と言われてしまうケースなんでしょうけど、でもその方は成人したらちゃんとお店を持って、お父さんになって、立派な社会人になった。
今は「普通」とはちょっと違う子供を「発達障害」と言って片付けてしまうんですけど、普通の人もそうでない人も混ざり合って社会の中で生きていくということが大切なんだと思うんです。以前、障害者入居施設で殺傷事件が起きましたが、いらない命なんてひとつもないのにと、とても悲しい気持ちになりました。どんな重症心身障害の人でも、その人がたった一瞬笑ったことで、周りの人間ってすごく喜べるんです。ケアは〈する〉〈される〉じゃなくて、互いにケアされ合っているんだと思います。人間が生きていくために酸素が必要で、その酸素を植物が供給し、植物に必要な二酸化炭素は人間が供給するというように…地球上全てのものが循環し、オーケストラのようにそれぞれの生命を奏でているんだと思います。
「誰ひとり、同じ個性の子はいない」と宮本さん。
子育ては親育て。
——子供たちがミュージック・ケアでコミュニケーションを体験するとどうなりますか?
集団参加ができなかったとか人との関わりが持てなかった子供達が、一時間のセッションに楽しんで参加できるようになったとか、落ち着けるようになったとか、意欲的に楽器に挑戦してみようとしたという声をよく聞きます。まずは落ち着くことによって、その次の段階の発達に進んでいけるんですよ。私たちは子供たちの発達を、段階を追って見守ることが大切だと思っています。
――なるほど。お母さんたちに対してはどんなサポートをしているんですか?
お母さんたちには「褒めることの大切さ」を教えています。いつも子供と一緒に過ごしているお母さんは、ついつい「なんでこれができないの?」とか「あの子はできてるのに」という目線で接してしまうんですけど、どんな小さなことでも良いのでできたことを見つけて褒めてあげると、子供って心地よくなってもう一回頑張ろうとするんですよ。ミュージック・ケアとは、音楽を使うことで簡単に褒めるタイミングを共有することができるんです。
――家でもミュージック・ケアってできるんですか?
もちろん、いつでもどこでもできますよ!例えば赤ちゃんが泣き出したら、泣き止んでもらおうとしますよね。そんなとき「静かにしてもらおう」「泣き止んでもらおう」と静かな曲を選びがちですが、それは間違いで、赤ちゃんは絶対に聞いてくれないです。これを「同質の原理」って呼んでいるんですが、赤ちゃんが泣いているときはまず赤ちゃんの気分のテンポに合わせてあげるというのが大切です。例えば「おもちゃのチャチャチャ」とか「ボギー大佐」とか。そうすると子供って泣いてるのに楽しくなるんですよ。そして次に「カラスなぜ鳴くの〜」とあくびをしながら歌ってあげると、赤ちゃんも眠たそうな情動が伝染するんです。
――なるほど。それは目から鱗です!では、ミュージック・ケア を体験してみたいときはどうしたら良いですか?
現在では加賀市の子育て支援のなかで行なっていたり、お声がかかれば保育園で行うこともあります。現在は不定期開催になっているので、開催場所や日時については研究所の方にお問い合わせくださればお伝えできますよ。
音楽に合わせて音を出し、喜びを共有する瞬間を体験する。
(画像提供:ミュージック・ケア)
——ミュージック・ケアってすごく面白いですね。興味が湧いてきました。
そうですか!今は人手が足りないので、音楽療法士も募集しているんですよ。全国60箇所くらいで研修会を行なっていますので、もし興味がある方はぜひホームページを見ていただいたり、お問い合わせくださると嬉しいです。一日だけの体験セミナーも行なっていますので、子育て仲間とかママ友達とかで呼んでいただければ会場までお伺いさせていただいているんですよ。お気軽に声をかけてくださると嬉しいですね。
NPO法人 日本ミュージック・ケア協会
石川県加賀市橋立町ふ23
TEL.0761-75-2917
(取材・文/佐藤江美、撮影/林 賢一郎)