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「ずっと自分の居場所を探していた」ジャズシンガー・CHIKOさんインタビュー

地元ミュージシャンに音楽のことから仕事やプライベートまで、アレコレ聞いちゃうシリーズ企画【HOKURIKU MUSIC】。今回のゲストは富山県を中心に活動するジャズシンガーのCHIKOさんです。

CHIKO(チコ)
父はアフリカ人ミュージシャンのB.Bモフラン、母は人形作家の松本昌子。父の母国であるコンゴ民主共和国に伝わる民謡などをベースにしたアフリカ音楽を中心に、ジャズやソウルのピアノ弾き語りなど、パワフルな歌声で多くの人々を魅了し続けている。

 

「変わる」ために選んだ音楽の道。

― まずは、CHIKOさんが歌手になった理由から。やっぱりお父さんの影響が大きいんですか?

 

うーん、じつは子供の頃はそれほど音楽に興味がなくて。アフリカ系のハーフということで見た目をいじられることが多かったし、自分に自信がないから何かを表現することも苦手だったんです。高校を卒業して音楽学校に進んだのも「自分を変えたい、好きになりたい」という理由なんですよね。

 

― 今現在の陽気なCHIKOさんからは想像できないですね。

 

なるべく目立たないように、いつもこそこそしているような子でしたから。そんな私を見かねたが母が「自分の個性を活かせるフィールドに立てば、もっと前向きになれるはず。まずは、その場所を見つけなさい」って、後押ししてくれたんです。

 

― そのフィールドが「音楽」だったんですね。

 

マイケル・ジャクソンのライブ映像を見たときに「自分の居場所はここだ」って。彼も見た目のことを揶揄されながら、ステージの上ではだれよりも輝いていた。私もそうなりたい!と思ったんです。

 

ミュージシャンの父と人形作家の母をもつCHIKOさん。

 

― 高校卒業後は、都内の音楽学校(メーザー・ハウス)に進学しました。もう、その頃にはプロを目指していたんですか?

 

「コンプレックスである肌の色や見た目を活かせる場」という気持ちの方が強くて、あまりプロ意識のある方ではなかったですね。先生からもよく怒られました(笑)

 

― 元PSY・SのCHAKAさんが講師だったんですよね。シティーハンター懐かしい!

 

そうなんです。CHAKA先生は、技術的なことよりも「プロシンガーはどうあるべきか」という姿勢を大事にする人で。本当にたくさんのことを学びました。「お金は返せるけど時間は返せない。だから覚悟をもって歌いなさい」という言葉は今でも思い出します。

 

― 卒業後は地元の富山に戻って、音楽活動を始めました。なぜ、北陸を拠点にしようと思ったんですか?

 

母の体調も悪くて、どうしようか迷っていた時期に、CHAKA先生から「これからの時代は場所とか関係ないでしょ」と言われて。それから地元の富山に戻りました。

 

― とはいっても活動する場は限られますよね。都会と比べてライブハウスも少ないし。

 

それまでは歌うことしかできなかったけど、活動の場を広げるためにピアノの練習をはじめました。何曲か弾き語りができるようになってからは、母の作品展で演奏したり。少しずつフィールドを広げていった感じですね。当時はオーディションを受けて事務所に入るしかプロになる道はないと思ってたけど、こういう活動の仕方もあるんだなと。

 

― たしかにローカルだと横のつながりがある分、認知されるスピードも早そうですよね。

 

そうですね。私自身も、地元の人たちに支えられている感覚もあるし、そういったつながりの濃さもローカルの魅力だと思います。

 

― ちなみに音楽で生計を立てることに不安はなかったんですか?

 

それはなかったですね。父も音楽一本ですし、母は人形作家として生活を支えてくれたので。「私は好きなことをして、こんなに楽しく暮らしてるよ〜」という感じで、いつも行動で示してくれる母の存在は大きいです。

 

CHIKOさんのルーツでもあるアフリカ音楽。

 

― ライブ中はどんなことを考えているんですか?

 

共鳴ですかね…。ここ最近、父と共演することも増えたんですけど、アフリカの音楽って基本的に聴く人も参加するスタイルなんですよ。演奏する人と聴く人たちがひとつの時間を共有して、ライブを作り上げるというのかな。音楽を通じてお客さんと会話ができたときは最高ですね!

 

― 6月には初のフルアルバムがリリースされます。

 

伝えたいことは山ほどあるけど、すべてを詰め込むことはできないので…。まずはCHIKOの自己紹介として聴いてもらえると嬉しいです。一流のジャズミュージシャンもたくさん参加してくれるので、ぜひ楽しみにしてください。

 

父モフラン氏とのコラボも増えた。

ラジオパーソナリティーとしても活躍。

― そういえばCHIKOさんはラジオのお仕事もしてますよね。

 

してますしてます。昔からやりたかったんですよ。おしゃべり好きなんで(笑)

 

― さっきの収録中にも聴かせてもらったんですけど、台本なしってのが考えられないくらい達者ですよね。

 

私も初めてのときは何を話したらいいか不安だったんですけど、やってみると台本なしでも意外とイケちゃって。気づいたら2年間ほぼゲストなし、ほとんどひとりでしゃべってましたね…。

 

― ほかにもキッズに向けた講演もしているそうで。

 

今、一番伝えたいのは「人との違いをプラスに変える、その気持ちが大切」ということ。違いは個性として、自分らしく生きることが一番の幸せ。私が母から教わったことを、子供たちにも伝えられたらと思ってます。

 

FMとやま〈CHIKOのサンゴニニ?〉。毎週月曜11:30オンエア!

 

― ちなみにCHIKOさんっていつもおしゃれなイメージなんですけど、服ってどこで買ってるんですか?

 

じつは母が作ったアクセサリーを身につけることが多くて。服を買う時もそこからコーディネートしていくので、とくにブランドだったりは意識してないですね。よく行くのは海外輸入系のセレクトショップとか古着屋さんかな。

 

― コーディネートのルールみたいなものはあるんですか?

 

洋服とメイクがその日の機嫌を左右するので、洋服選びには結構こだわりますね。ステージがある日は自分がそこで歌ってる姿を想像してから決めるけど、プライベートはその日をどう生きたいか。最近はクールでいたいからブルー系の洋服が多いかな。自由に生きるためには感情に振り回わされたらダメという哲学の本を読んだばかりなもので。単純ですみません(笑)

 

お母さんが作ったアクセサリー。さすがのクオリティです。

 

― 最後に。CHIKOさんにとっての音楽とはなんでしょう?

 

音楽活動を始めたばかりのときは、落ち込んでるときに励ましてくれる友達のような感覚だったけど、長く付き合っているとそうもいかなくて。もう、一緒にいてときめくような存在でもないし、次から次へと押し寄せる現実を受け入れないといけない仲。

 

― 夫婦みたいな関係ですね!さっきラジオで「いい音楽と出会ったときは、結婚してくれ!ってなる」って言ってたし。

 

たしかにそうかも!付き合いが長くなるにつれ存在が大きくなっているというか。離れたくても離れられない。自分の一部になっている気がしますね。

 

CHIKOさんのライブ・リリース情報はオフィシャルサイトをチェック!

 

(取材・文/吉岡大輔、撮影/林 賢一郎)

 

◯北陸を拠点に活動するミュージシャンにインタビューする【北陸ミュージック】

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