【爆裂地方都市】第2話:素顔のままで、素顔のままの富山を描いたエッセイ集
先日、金沢大学角間(かくま)キャンパス研究棟の扉を破壊してクマが侵入したというニュース。(出典:「毎日新聞」)
泥棒や変質者じゃなくてクマ!カクマ!今年はエサとなる木の実が凶作とのことでクマも切羽詰まっているんだろうけど、校舎内まで入ってくるなんて恐怖です。学食が、いや学生の命が危ない。
金沢大学は元々金沢城の跡地にあって、加賀百万石の歴史の象徴の場所である「お城のキャンパス」は学生にとって誇りでもあり、全国の受験生たちの憧れでもあり、市民や観光客にも愛されたそうです。(出典:「金沢日和」)
当時の美大生が描いたお城のキャンパス時代の貴重な街歩きMAP。美大〜金大エリアは数多くの飲食店が立ち並んでいて学生たちが毎晩飲み歩いていたそうです。
そんな自慢の場所も、校舎拡張のため1994年に医王山(いおうぜん)の麓の角間キャンパスに移転しました。けどこれからは超少子化で縮小しなきゃだし「山のキャンパス」はクマも出るし日本の気候は狂ってきてるし、山は危ないのでまた大学を繁華街に戻しませんか?笑 「金沢美大の移転を中止して金沢大学を再移転して街に戻します!」を公約に立候補しようかな…。
地方の大学を郊外や山の方に遠く離したら、学生が繁華街、飲み屋や本屋、映画館などで未知の世界、大人の世界を知り社会と交流するというカルチャーからも遠く離れます。遠く離した場所にできる「学生街」は個人商店ではなく、全国どこにでもあるイオン、ユニクロ、マクドナルドなど大企業の街。
愛想の悪いめんどくさいマスターがいる入りづらい店の常連になって店主に顔を覚えてもらって認められることがステイタスと思う学生、知らないミュージシャンのライブをやってる怪しい店に行ってみたり、中古レコード屋、ミニシアターにひとりで足繁く通う学生は、地方ではもはや絶滅の危機というか、そんな世界が存在しないパラレルワールドでみんな生きているんじゃないかと感じる時あります。なんというか、好奇心や行動力がスマホに全部吸い取られてしまったというか。
学生街でお店をやってると、不景気よりも学生との感覚の違いに危機感を覚えるときがあります。歳のせいかしら。時代には逆らえないので時代の大通りと並走しながら自分が楽しく歩ける小路をキープせねばならんですね。
…と!枕が長すぎましたが今回の爆裂地方都市は、清田麻衣子さんという方が御自身の活動を現代に失われつつある里山になぞらえて立ち上げた出版社「里山社」から今年10月に刊行された藤井聡子「どこにでもあるどこかになる前に。〜富山見聞逡巡記〜」 を紹介します。
どこにでもあるどこかになる前に。
〜富山見聞逡巡記〜 装丁:セプテンバーカウボーイ 2019年10月16日・刊 |
藤井聡子さんは「ピストン藤井」の芸名/ペンネームで故郷・富山で活動されていて、裏日本のさらに裏側をめくって発見した珍しい人や珍スポットをミニコミ「郷土愛バカ一代」 や主催イベントなどで紹介するという活動をされている富山ディガーとしてなかなか有名な方。言うなれば自分が生み出したものではなく自分が見つけた好きなものを使って自分を表現するDJみたいなもんで、それをレコードではなくて「富山」という土地や人物を使って、それも昭和にリリースされた激レアの富山を回してフロアの好奇心を揺さぶっているマブイ女性です。
そんなピストン藤井さんが本名の藤井聡子名義で本を出すきっかけとなったのは、彼女が根城とする富山唯一のミニシアター兼イベントスペース「フォルツァ総曲輪(そうがわ)」の休館で、近所に新しくシネコンができるのでフォルツアはいらなくね?という行政の判断に憤りを感じたから。「いらなくね?」はフォルツアで上映されるマイナー映画もフォルツァを愛するピストン藤井さんたちも「いらなくね?」と言われたような気分になったと想像します。場所がなくなったらそこにあった匂いみたいなものも消えてしまいます。その憤りを知った旧友でもある里山社の清田さんが「本名で本を書くべきだ」と背中を押してくれたそうです。
著者はなくなった場所への郷愁だけでなく、今の富山を生きている個性的な人物を紹介することで著者にしか引き出せないオルタナティブな富山の魅力を描いています。「郷土バカ一代」でピストン藤井として紹介していた珍スポットも外側だけを面白おかしく伝えるんじゃなく、藤井聡子として人生や生き様にも内側から光を当てて愛を込めて書いているのもじんわりきたし、著者が同志やライバルとして、飲み仲間としても交流のある富山に腰を据えて活動されているショップ店主、DJ、ミュージシャン、作家、ライター、オーガナイザーたちの人物像や、この街でどう生きるかというアティチュードも敬意とユーモアを交えて丁寧に紹介しています。
本にも登場する山内さんが所属する富山の5人組インストロックバンドinterior palette toeshoes(インテリア・パレット・トーシューズ) 。今年6月に結成17年目にして初のフルアルバムを主宰レーベル「TOKEI RECORDS」よりリリース。
特に、苦労を重ね自営業となり女手ひとつ?で育ててくれた著者のお母様のときに「傷口にハバネロ」な愛ゆえの叱咤激励、娘に文春砲ばりに誌面で色々と晒されてしまったブルージーなお父様も著者に影響を与えた超重要人物として登場。全体的に重すぎたりシリアスになりすぎそうになったら、ピストン藤井に戻って可笑しく調和しようとする哀しい気分でジョークなところも性格が出ていて余計グッと惹きこまれます。
あと、彼女が映画監督や雑誌編集者になりたいと東京で就職し夢破れ30歳手前で富山に都落ちした前半部分を読んでたら、僕が人生迷走してた頃に聴いて後ろめたくなったトラウマソング、ザ・ハイロウズの「不死身のエレキマン」を思い出しました。
♪子供の頃から憧れてたものになれなかったんなら大人のフリすんな♪
…憧れてるものにはなれなかったけど子供の頃の自分に嫌われないようにはしてます。
富山と金沢って全然違う部分も多々あるけど、何かやってる人と何かやってる人はどうしても袖振り合って繋がってしまうのが楽しかったり、居心地よかったり、窮屈になったり、政治っぽくなったりするという〈コミュニティが狭い(絶対数が少ない)〉地方特有あるあるは共通しています。そんな環境で、本人名義で身の回りの友人知人家族の事を実名で書いて、全国の不特定多数に発表するのは本当に怖いと思います。僕なら「お前に街を総括されたくない」「本意ではないことを書かれて傷ついた」とか言われたらどうしようって「出る前から負けること考えるバカ」になって断筆するでしょう。
地方のほとんどが「どこにでもあるどこか」を求めています。近くに新しくできた全国チェーン店に押し寄せる行列の影でひっそりと引退される店舗をたくさん見てきました。そういう状況に「なんだかなー味気ねぇなあ」と少しでも感じている人がいたらきっと面白く読めると思います。地方でサブカルチャー、いやマイノリティーカルチャーを愛する人、これから何か始めたい人、地方には何もないと愚痴ってる人、チェーン店しかないパラレルワールドに生きてない人はぜひ読んでみてください。富山では放っといても反響あると思うので富山以外の人を対象に書いてみました。「るるぶ」より「ことりっぷ」よりこの本を読んで富山に遊びに行ってみたらおもしーはずです。
※余談ですが、子供ころから憧れてたロックンローラーに近づこうとしてるけど遠ざかっていくダメな自分のマヌケさをネタにしてブレイクした「富山の都落ち大先輩」といえばアラジンの高原兄先生がいますね。羞恥心を捨てて本名で本を出した藤井さんの表現はアラジン直系なんでしょうか。
追伸(ネタバレ):この本に度々登場するキーパーソン、島倉和幸さんと僕はタウン誌時代の『ボンノ』の同じコラムページの隣同士で何年も連載していて、島倉さんが毎月紹介する映画を楽しみにしていました。昨年やっと「BOOK DAY とやま」で初めてお会いできて「次は飲みましょう」と約束したのにそれは永遠に叶わぬ夢に。でも藤井さんの本を読んだら島倉さんの人となりが浮かんできて何だか一緒に飲めたような気になりました。ありがとうございます。島倉さんが突然いなくなって連載に穴を空けたから、僕らが入稿ギリギリで文字数増やして埋めたんですよ!あと島倉さんがいなくなる直前の連載で「死ぬこと以外かすり傷」と書いてたのも突っ込みたいけどもう突っ込めない。
拝啓・島倉さん、ボンノは紙媒体からウェブマガジンに移行して僕は引き続き連載を始めました。
「北陸・文化系Uターンの現在地」
日程:11月23日(土・祝)
時間:15:00オープン、15:30スタート
会場:本と印刷 石引パブリック
出演:藤井聡子(富山市在住・ライター) ×山崎有邦(金沢市在住・オヨヨ書林店主)
司会・進行:清田麻衣子(里山社)
入場料:1,500円(定員40名)
◯僕らのローカルシティポップ【爆裂地方都市】
→バックナンバーが読める記事一覧はこちら
執筆者プロフィール
モカ
学生街のブラッスリー『JO-HOUSE 石引』2代目カレーマスター/私設公民館『じょーの箱』大家さん。もうすぐ若者ぶらずにおっさんの武器も使えるいちばん旬なとき、さみしさは昔よりも現実味おびてきたね…でも明日はくるSweet Sweet 43 Blues。
URL:JO-HOUSEホームページ
ツイッター:@MoCurry
フェイスブック:@モカ ジョーハウス
インスタグラム:@mocurry