つながれ友達の輪!私のマスターピース⑤|映像作家・東海林 毅の場合
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『パリ、テキサス』(1984)ヴィム・ヴェンダース監督
映画って人生のどんなタイミングで観るかによって評価や意味合いが大きく変わることがあります。
僕が『パリ、テキサス』を観たのはたしか10代の終わりのほうだったと思います。初鑑賞はたしかテレビの深夜映画ででした。
『パリ、テキサス』はヴィム・ヴェンダース監督の代表作のひとつで言わずと知れたロードムービーの傑作です。タイトルを聞いただけで荒涼としたテキサスの砂漠に響くライ・クーダーのスライドギターを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?
1984年のカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したように評価も高く、世界中にこの映画のファンが数多くいます。
例えば邦画では是枝裕和監督の『そして父になる』や『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ栄光のヤキニクロード』の劇中にもこの映画をオマージュした場面が登場します。
一度は家庭を捨て蒸発した男が突然現れ、息子と元妻を探し出しもう一度家族に戻ろうと試みるストーリーなのですが、ハリー・ディーン・スタントン演じる主人公トラヴィスの身勝手さを評して、この映画を「不愉快なダメ男肯定映画だ」という人もいます。たしかにトラヴィスはいわゆる一般的な「家族の形」に自分をはめ込むことができないダメ男であり社会の落伍者です。トラヴィスは身勝手に弟夫婦と息子を巻き込み、家族を「あるべき姿」に戻そうと試みますが彼自身の性格もあり、一度壊れた家族関係の修復は簡単にはいきません。映画はそんな彼の苦悩を包み込み肯定します。確かに彼の身勝手さは不愉快に映るかもしれません。
僕がこの映画を自分にとってのマスターピースに挙げる理由がここです。
それまで僕は「家族は一緒にいることが素晴らしい、愛があれば困難も乗り越えられる」という「家族のあるべき姿」=「保守的な家族像」を是とする価値観の映画しか観たことがありませんでした。しかし『パリ、テキサス』は「その価値観だけが全てじゃない、そこから外れることの方が良い場合だってあるんだ」と、当時、模範的な家族像に疑念を持っていた僕に寄り添ってくれました。こうして『パリ、テキサス』は僕にとっての忘れられない一本になりました。
今や映画館やテレビだけでなくインターネットや配信プラットフォームを通して世界中の映画を鑑賞することができます。そこでは商業的な大作映画だけでなく多種多様な価値観で作られた映画が誰かに観られるのを密かに待っています。あなた次第でそれは、あなたが疑問をいだいている常識や価値観を壊す手助けをしてくれるかもしれません。
次は友人で自主映画をストイックに制作しながら「家族」と向き合っている渡邉高章監督にお願いしたいと思います。
今回の寄稿者
東海林 毅(脚本・監督・VFX)
大学在学中から映像作家活動を開始し1995年東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて審査員特別賞を受賞。『劇場版 喧嘩番長』シリーズなどの商業作品を監督する一方、VFXアーティストとしても幅広く活動。近年、表現の幅を広げるために自主映画にも力を入れ『老ナルキソス』(2017)は第27回レインボー・リール東京でグランプリを受賞したほか国内外の映画祭で10冠を達成した。2019年には池袋シネマ・ロサにて短編自主映画のみを集めた監督特集『偏愛ビジュアリスト』が1週間上映された。2020年秋、人気漫画原作の実写化作品『はぐれアイドル地獄変』が公開待機中。