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ストリートカルチャーからスポーツ競技になるまで|YORK UNOのFree Style & JAM #02

世界を股にかけて活躍するBMXプロライダー・YORK UNOが、BMXの楽しさや日々の気づきをFreeな感覚で、JAMのように気ままに綴っていく。

 

今回のテーマは、ストリートカルチャーとともに進化してきたBMXが、スポーツ競技になるまでの話。BMXの原点、ルーツは1970年代前半のアメリカ・カリフォルニア。大人達はオートバイクに夢中になって、荒れた山地を走り楽しんでいた時代。子ども達は、そんな大人達に影響されてバイシクルモトクロス(BMX)としてオートバイクを真似た自転車が流行しだします。

 

当時からアメリカで販売されている子ども用の自転車は、ほぼ全て20インチのBMX。アメリカでは、日本のママチャリのような子ども用自転車はほとんど存在しません。アメリカンカルチャーから生まれた自転車は、遊びや競技用。日本のように自転車に買い物カゴをつけて移動するという発想がそもそもないようです。買い物に行くなら、使いやすいデイパックを担いだ方が盗まれることも無く、そのまま部屋に持ち込めて機能的というのがアメリカの感覚。

 

そんなカルチャーのもと、BMXは「誰が一番速いか?」という子どもの競争心から近所のレースへと発展していきます。オリンピックもそうですが、誰が一番?強いか?上手いか?速いか?などなど「誰よりも凄くなりたい!」という競争心、闘争心が生まれるのは自然な流れ。子ども同士の遊びから始まったBMXレースは、数年でカリフォルニア、アメリカ全土へと広がり、レースのコースや機材、速度もどんどん進化していくことになります。

 

カリフォルニアの主要空港までは約9〜10時間。当時、日本の情報は5年くらい遅れている感覚で、だからアメリカに行くしかないと思った。

 

初めはだだの舗装されてない、荒れた道がコースだったレースから、徐々に綺麗に固められた専用コースで一番を競う。応援の熱も自然に高まり、多くの観客が集まるようになっていきました。

 

厳しい勝負の世界では、レースに勝つ子がいれば、負ける子もいます。あるとき、レースの負けを認めた少年が、ゴールの直前、最後のジャンプ台で誰よりも高くジャンプ。これがFREE STYLE BMXの始まりとされています。その少年の姿を見て、レースでもカッコ良くジャンプをして目立ちたい!と子ども達がフラットなアスファルトでトリックを決めたり、公園の階段を飛び越したりして、フィールドは街中へと変わっていきました。

 

1980年代後半になると、ストリートで出会うダンサーやミュージシャン、スケーター、グラフィティーライターのように、FREESTYLE BMXは当たり前のようにアメリカのストリートカルチャーに溶け込みました。そんなアメリカでの様子が写真や映像で日本に入り、90年代ごろになると国内で少しづつBMXライダーが増えて行きます。90年代半ばには、東京や大阪を中心にストリートカルチャーが根付きだし、それを目にした地方でも自然に根付いていきました。

 

1995年、世界最大のスポーツチャンネルESPNが「X-GAMES」第一回大会を開催。この大会がエクストリームスポーツを世の中に知らしめることになりました。大会と選手たちの名声は、開催を重ねるごとにより大規模でレベルの高いものになり、記録更新と妙技が連発するショーケースのようになっています。

 

エクストリームスポーツ
…速さや高さ、危険さや華麗さなど「過激な (extreme)」要素を持ったスポーツの総称。

 

ニューヨークのストリートでライディングすると、あっというまに子ども達のヒーローになれます。

 

このコラムでは、ストリートカルチャーのこれまでとこれから、日々の気づきをFreeStyleで綴っていきます。JAMのように、気ままにいきましょう。そんなFree Style & JAMは、Vol.3へ続く…。

 

 

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