割烹料理屋の強烈スパイスカレー|煩悩を断ぜずして咖喱を得るなり #28
仕事帰りの道すがら。割烹料理屋の店先に「カレーランチやってます」と書かれた看板が立つようになった。割烹なのにカレー?最近よくある間借り?正体不明なカレーの存在に期待を膨らませつつ、平日の昼下がりに店を訪れた。
地元民に愛される昭和の大衆割烹
能美市寺井町にある「亀吉」は、昭和60年創業の割烹料理店。看板では“大衆”と謳ってはいるけど、入母屋造りの建物がなんとも立派。寺井町といえば、旧北国街道の宿場町として栄え、九谷焼をはじめとする伝統文化が息づく町。きっとお偉いさんたちによる、あんな話やこんな話がこの店でされてきたんだろう。ちなみに「かめきち」ではなく「かめよし」と読むらしい。
暖簾をくぐって中に入ると、女将さんが「あら、昨日電話くれた方?」と、気さくに出迎えてくれた。そこから立ち話が10分、15分。なんだか実家に帰ってきたような、妙な感覚に陥ってしまう。棚上のテレビからは大音量で垂れ流される昼の情報番組。あぁ、なんて居心地が良いんだろう。
店内はカウンター8席に小上がりが1卓。奥には個室が数部屋あるけど、ランチ時は使っていないらしい。小上がりでは近所のマダムたちが談笑をしながらスイーツをつついていた。
カヌレ 300円
カレーの話は一旦置いといて、このスイーツが最近のこの店のウリのひとつになっているらしい。というのも、今年から厨房に入った板前の木村寛司さんがスイーツ作りに目覚めたそうで、カヌレ以外にもスイートポテトやスコーンなんかもカウンターに並べられていた。
女将の吉田玉美さんと板長の木村寛司さん。
なぜ、割烹料理屋がスパイスカレーを提供するようになったのか。女将さんに理由を尋ねてみる。
「常連さんとスパイスの話で盛り上がって、じゃあ今度カレーを作ってみようってなったの。もともとお店で出すつもりはなかったんだけど、3ヶ月ほぼ毎日カレーを作ってその常連さんと試食を重ねていくうちに、これならお店で出せるかもって。まだまだ勉強中の身だから、今はこの味を一年通してブレずに提供し続けることが目標やね」
カレーランチを始めたのがちょうど一年前。木村さんの料理の知識も手伝って、きっと今後もブラッシュアップされていくんだろう。ちなみにランチはカレー以外にもハンバーグや唐揚げ定食など数種類を用意。そのほか客の入り具合によっては一品料理も作ってくれ、近所のシニアたちがよく昼呑みに訪れるのだとか。
強烈なスパイスの香りが卓上を支配する
スパイスカレー(サラダ付き) 900円
そしてこちらがお目当てのスパイスカレー。和の器に盛られているせいか写真では普通のカレーに見えるかもしれない。だけども、実際の卓上には強烈なスパイスの香りが漂っている。使用するスパイスは13種類。そのほとんどが木村さんの地元でありスパイスカレーの聖地でもある大阪で購入しているのだとか。たしかにこのガツンとくるスパイスの香りは、どことなく大阪スパイスカレーを彷彿とさせる。
板前の技によってシャキッと仕上げられたミニサラダ。能登の赤大根など旬の地物がうれしい。自家製のドレッシングをたっぷりかけて。
こちらは追加で注文した揚げ野菜。ほかにも豚カツやチーズなどがトッピングできる。
作り方はこれまで割烹で培ってきた経験とYoutubeのカレー動画で得た知識をミックスした完全オリジナル。そのなかでも女将さんがこだわっているのがルウのベースとなるタマネギだそう。
「夜の営業が終わったら、ざく切りにした大量のタマネギを焙煎するの。きつね色じゃ全然、飴色もまだまだ。焦茶色になるまで炒めたら、スパイスと合わせてカレーの素が出来上がり。真夜中にカレーの匂いがするものだから、近所のお爺さんが覗きにきたこともあるのよ」
そして、メイラード反応によって香ばしさを増したタマネギにより深みを加えているのが、季節の果物の存在。今の時期は生の柿をミキサーでペースト状にし、いわゆるチャツネの要領でカレー全体のコクを深め、味わいに広がりをもたらしている。
具材は豚肩ロースとじゃがいものみ。肩ロースは豚角煮用に下味を付けたものを使っているらしく、ほんのりと甘さがある。
一口入れた瞬間、強烈なスパイスのグルーヴが全身に渦巻く。そのなかでもグリーンカルダモンの爽やかさが印象的で、コクはあるけど重たさは感じない。塩味も効いていて、ごはんもすすむ。石川県にはあまりないタイプのスパイスカレーかもしれない。
食べ方はとくに決まってはいないそうなので野菜カレー風にしてみた。
ライスの大盛りは無料ということで遠慮なしに大盛りを注文。炊き加減も絶妙だ。
食べ終わる頃には、額と首筋に汗がじんわり。余韻に浸りながら食後のミニスイーツを味わっていると女将さんからこんな一言が。
「じつはカレーハンバーグとスパイス唐揚げのランチも人気なのよ」
道すがらの店が、行きつけになりそうな予感がする。
亀吉(カメヨシ)