行列ができるラーメン屋『アサヒ軒』のえびうま煮そば
「行列は最大の広告」といわれるように、店前にたくさんの人が並んでいるのを見ると、ついつい気になってしまうのが人間の性。それが観光地や繁華街ならまだしも、郊外となるとなおさら期待が膨らみます。
加賀市の山代温泉と片山津温泉の間にある、大衆中華食堂『アサヒ軒』。
僕がこの店に初めて入ったのも、サラリーマンが列をなす昼時の光景に”ただならぬ気配”を感じたから。あれから10年以上が経ち、今ではこのあたりで取材があるときの昼めし候補No.1に。そして決まって注文するのが〈えびうま煮そば〉です。
これくらいの行列なら日常茶飯事。
子供のときに食べた屋台の味を再現。
まるで昭和時代の大衆中華店にトリップしたような活気に包まれた店内。スタッフが楽しく仕事をしている様子が素人目にも伝わってくる。この店の魅力はどれだけ忙しい日でも殺伐とした雰囲気にならないこと。だってせっかくお金を払うなら、気持ちよく食べて帰りたいじゃないですか。
大衆中華というだけあってメニューの品数は多め。麺以外にも、麻婆豆腐や八宝菜、オムライスなどがあります。ラーメンはシンプルな中華そば。屋台の夜鳴きそばを再現した昔ながらの味わいで、塩味の効いた醤油スープが五臓六腑に染み渡ります。
店主の小池夫妻を中心にチームワーク抜群。
マニアにはたまらないレトロな空間。
お店を切り盛りするのはラーメン大好き小池さん。いや、冗談でなくこれが本当の話。子供の頃からよく父親と一緒にラーメンを食べ歩き、20代の頃から和食や洋食など様々なジャンルの料理を経験するなかで、段取り良く、素早く調理する中華料理が自分の性格に向いていると、ラーメン屋を目指したんだとか。
そんな小池さんが『アサヒ軒』を開いたのは1997年。修行時代から趣味である骨董品やレトログッズを活かした、昔懐かしい雰囲気の店を持つのが夢だったそうで。とにかくお店の中はレトロ一色。横浜のラーメン博物館もびっくりなノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。
ラーメン大好き小池篤志さん。
ちなみに店内に飾られているレトログッズはコレクションのごく一部。妻の貴恵さんからは「自宅から実家から店まで、収納という収納がおもちゃで満杯」という嘆きの声。気持ちは分かりますが、奥さんこれが男のロマンってやつです。許してやってくだせえ。
小池さんが幼少時代に実際に遊んでいたセルロイド人形。
味のあるホーロー看板が店内を彩る。
寒い日に食べたくなるえびうま煮そば。
小池さんの一日の始まりはスープの仕込みから。毎日、朝と昼の2回。丸鶏をメインに鶏ガラと香味野菜を丹念に炊いた濁りのない精湯に、創業から継ぎ足しでつくるかえし(醤油だれ)を加えて、コクと深みのあるスープが完成します。
「自分で言うのもなんだけど、15年くらい前から石垣島の塩を使うようになって、劇的に味が良くなったんだよね。ほんのりと自然な甘さを感じるというのかな。実際に沖縄で出会ったときは、あまりの美味しさに感動して生産者のもとを訪ねたくらいだから」と小池さん。お店に行列ができるようになったのもその頃から。これが運命の出会いというやつです。
丸鶏をじっくり煮出した、雑味の少ない精湯がスープの基礎。
スープの味の決め手となる石垣の塩。
麺は特注。どのラーメンにもごま油を練り込んだ中細のちぢれ麺が使われます。よもや麺自体が香ばしく、スープと一体になって旨さが倍増。ごはんとの相性も抜群で、ラーメンをおかずに白米を食べる、いわゆる「ラーメンライス」もこの店では基本中の基本。
ごま油の香ばしさを感じる自慢の中華麺。
僕がこの店でかならず注文する〈えびうま煮そば〉は、中華そばをベースに熱々の野菜あんかけとプリプリの揚げえびが入った、お店の中でも一二を争う人気メニュー。これも小池さんが子供のときに食べた〈広東麺〉がヒントになっています。
仕上げに片栗粉を使って餡にするので、スープが冷めにくく、食べ終わる頃には身体がぽかぽかといった塩梅。実際に寒い日にはよく出るそうで、今年初の雪が降った取材当日もたくさんの注文が入ったみたいです。
まずは芯が残る程度に野菜を炒める。
スープを入れて煮る。この段階で野菜の火の通りは8分くらい。
中華あんの材料は、白菜、玉ねぎ、きくらげ、干し椎茸、人参、たけのこ、うずら、豚肉。野菜をサッと炒めて、そこからスープでちょっとだけ煮ます。野菜のシャキシャキ感を残したり、中華あんを絶妙なとろみ加減で提供するためには時間が勝負。あん、海老、麺、スープ。すべてが同時に完成するように、それぞれの時間を逆算してタイミングを図ります。秒単位で展開されていく調理風景は圧巻。これぞ職人技です。
ほんのり衣をまとった海老にも中華あんが絡みつく。
ちなみに〈食材の合理化〉は小池さんの料理哲学のひとつ。滅多に怒ることはなく(奥様談)、細かいことは気にしないピースフルな性格にみえて、そこらへんはしっかりしているのが面白いところ。「うちの店で唯一捨ててるのは人参の皮だけやね」というように、食材ロスをいかに無くすかが徹底されています。白菜ひとつにしても、芯の部分は清湯をつくるときに、中心部はうま煮のあんかけに、先端の葉は餃子の具と使い分けるそう。精湯を炊くときの香味野菜にも野菜の端材が使われています。
えびうま煮そば1,150円。
身体の芯まで温まるとろとろスープ。
しっとりとした昔ながらのヤキメシ。
もうひとつおまけにカメラマンのお気に入りでもある〈やきめし〉も紹介。小池さんのこだわりは、パラパラ(空気)、ほわほわ(弾力)、しっとり(しずる)のバランスが取れていること。米と米の間に空気を混ぜるイメージでひたすら中華鍋を振ります。
食感はパラパラ系というよりはしっとり系。昔ながらのチャーハンが好きという人は、間違いなくヒットするはず。
これが目に入ると、どうしても頼みたくなる。
空気を含ませるように炒めるのがコツ。
味付けは塩こしょうにしょう油を少々と超シンプル。干し椎茸と焼豚の角切りを一緒に炒めることで旨味が増しています。ラー油を垂らすと、さらに美味しい!
ヤキメシ750円。
安くて、美味しくて、ボリューム満点、そして居心地も最高。そんな町中華を探している人にはぜひ足を運んで欲しいお店。
今年はあと何回〈えびうま煮そば〉を食べに行けるかな。
アサヒ軒
石川県加賀市弓波町ヨ66
TEL.0761-72-1998
営業時間/11:00~14:20、17:00〜20:20(営業時間内でも材料がなくなり次第閉店)
定休日/木曜日
席数/カウンター7席、座敷20席
駐車場/40台
※こちらの情報は取材時のものです。
(取材・文/吉岡大輔、撮影/林 賢一郎)
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