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能登を想う、縁という引力。|酒蔵若女将のまんでまいッ!#10

まんでまいは、能登弁で「とても美味しい」の意。奥能登の酒蔵を支える若女将たちが地元ならではの酒肴を紹介すると共に、日本酒の魅力について愉しく語ります。

 

数馬酒造の数馬しほりです。今回は特別編でお送りします。まず初めに能登半島地震に際しまして、たくさんの温かいお心寄せをいただき、心から感謝しております。同じく被災されたすべての皆様に慎んでお見舞い申し上げるとともに、一日も早い平穏をお祈り申し上げます。

 

このコラムでは能登の暮らしを通じた“まんでまい”話をお届けしておりますが、能登半島地震について触れなければ、前に進めない気がして。この場をお借りすることをお許しください。

 

 

1月の酒蔵といえば、蒸し米の蒸気が立ちのぼり、大きなタンクに続々ともろみが仕込まれ、酒蔵内は芳醇な香気が漂い、3日に一度は新酒が搾り上がっていく。そんな活気に満ちた繁忙期を迎えているはずでした。1月1日、能登半島地震によって数馬酒造が位置する能登町宇出津は震度6弱の揺れに襲われました。弊社の酒蔵は建物の大きな損傷と津波の浸水、液状化による地割れなどの被害がありました。

 

幸い、社員とその家族はみな無事でした。そのことがどれだけの安堵に値するか。悲しい知らせを耳にする度に、与えられた今の有り難さを噛み締めます。余震と断水が長く続く中、社員たちの生活や安全を優先し、酒造りは元日から手つかずとなりました。もちろんお正月の穏やかなひとときも一変したわけです。

 

 

人間がこうして翻弄される中でも、仕込み中のタンクの微生物達はピチピチ、プツプツと静かな発酵を続けていました。そんなもろみを心配して、被災2週間後から県内外の酒蔵様が手を差し伸べてくださいました。もろみを弊社の蔵から取り出して、自社内で圧搾、瓶詰めまでを代行してくださるというお申し入れでした。このまま発酵が進みすぎると、腐敗してしまう可能性があったからです。実際、搾る予定からすでに3週間を過ぎてしまったもろみもあり、発酵具合を心配しましたが、どのお酒も香り良くきれいなもろみで、奇跡のように思いました。もろみも私たちと一緒にじっと耐えていてくれたのだと思います。

 

 

この1ヵ月、皆様からのご支援や励ましを頂きながら生きることが出来、決して悲劇ばかりではありませんでした。また、能登の人たちの助け合いの姿、優しさ、譲り合い、思いやり、そしてたくましさを見ることもできています。そしてやはりひとつ思うのは、この自然な助け合いの背景に、能登の祭文化も関わっているということです。

 

能登町宇出津地区は地域に35ほどの町内会が存在しています。大小ありますが世帯数はだいたい平均15から30世帯ほどでしょうか。この町内会が街の最小単位として普段の生活においても機能しています。一年の中で一番大きな祭礼である能登に夏を告げるキリコ祭り 「あばれ祭」は、その名の通り暴れる神輿と大きな松明を囲む激しいお祭りです。町内会ごとに30基を超えるキリコが立ち、二基のお神輿の前後に連なって灯籠の役目を果たします。

 

港町の狭い小路を行くため、キリコの運行には危険がつきものです。またその日程も非常に堪えるものです。夜を徹して2日間(子ども祭を入れると4日間)行われるため、町内会ごとのキリコを安全に巡行させること自体、とても大変なことなのです。同じ町内、同じ担ぎ棒に肩を入れることは運命共同体です。互いの事情や性格も知り、適材適所に動くことも祭によって鍛えられているのだと思います。そして力を合わせる喜びも意味も、それこそが地域の未来に繋がっていくことを体で知っているのです。

 

写真提供:石川県観光連盟

 

結局、人と土地は縁で結ばれるのだと思います。その縁が、祭りを通してまた強く育まれます。だから宇出津には、能登の土地には、縁という引力があるのです。

 

こんな惨事の中では「祭りのことも考えられん」「これでは祭りどころではない」と、さすがの宇出津の人々もうなだれています。でも祭の存在はいつも心に灯っているものです。こんな形で人と街を繋ぐ縁を失いたくありません。自然と共に暮らす能登の人々は見えないものへの畏敬の念が深い。こんな時に、こんな時だからこそ、案じているのです。

 

震災後「家には入れないけど畑から大根とってきたから」とか「早くも漁に出たからおすそ分けや」とか、保存食の手作りの沢庵、塩漬け白菜、梅干しなどを分けて頂きました。能登人の食卓は自然との距離が近い。それがたくましさの秘密でしょう。それに、こんな時に身に染みるような旨さや、体を癒す食事は、やはり土地のものに他なりません。

 

さぁ、まだまだ渦中です。これから何が起きていくのかは分かり得ませんが、私はこの土地から人々が離れて行ってしまうことを思うと辛い気持ちになります。この土地を愛しているにも関わらず、離れないといけない人もたくさんいます。どこで生きていても、どうか能登の強い引力がみんなの心だけは離さずにいてくれることを願ってやみません。

 

元気な能登になれるように私たちは元気に頑張ります。能登の美味しいものを頂きながら、きちんと力をつけて生きたいと思います。

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