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【HAND】糸と糸が紡ぐ伝統のアート(加賀繍作家・横山佐知子)

加賀繍は、室町時代から受け継がれる金沢の伝統工芸。色鮮やかな絹糸を用いた立体感のある図柄が特徴で、その奥ゆかしい美しさは海外の服飾ブランドからも注目を集めています。今回は、加賀繍の老舗〈ぬいの今井〉をルーツにもつ、伝統工芸士の横山佐知子さんに会いに、金沢市の工房を訪れました。

 

横山佐知子(よこやま・さちこ)
金沢市生まれ。加賀繍の老舗〈ぬいの今井〉の創業者の曾孫にあたり、幼少より祖母の姿を見ながら加賀繍に親しむ。20歳の頃から本格的に弟子入りし、2008年には国指定の伝統工芸士に認定。その後、加賀繍を現代風にアレンジした作品を中心に、創作活動を本格化し、2011年に工房『加賀繍IMAI』を設立する。

 

金沢市の工房『加賀繍IMAI』にて。

祖母から学んだ刺繍との向き合い方。

仏教の布教とともに、仏具の加飾として京都より伝えられたのが始まりとされる加賀繍。江戸時代になると将軍や藩主の陣羽織や奥方の着物、加賀友禅などの加飾にも用いられるようになり、加賀藩の歴代藩主の保護によって金箔や友禅とともに、独自の発展を遂げたそうです。

 

〈ぬいの今井〉が誕生したのは1912年。創業者は横山さんの曾祖父にあたる助太郎さん。以降、2代目の福枝さん、3代目の潔さんと受け継がれ、これまで多くの職人と弟子を輩出しています。

 

鶴の恩返しを加賀繍であしらった伝統的な着物。

 

横山さんの師匠は祖母であり2代目の福枝さん。幼い頃から一緒に暮らし、その姿をいつも近くで見ていました。

 

「毎日、少しの時間でもいいから針をもって、繍いなさい。というのが祖母の口癖。直接教えてくれることは少なかったけど、見よう見まねで繍っているうちに、自然と身体が覚えていました。私や兄弟が学校で使う巾着袋などは、すべて祖母が作ってくれていて。それがとても誇らしかったです」

 

加賀繍をワンポイントにしたランドセルも人気。

 

大学に進学して、しばらく実家を離れることになった横山さん。しかし、卒業後は再び実家に戻って、祖母のもとで加賀繍を習う日々が続きます。その間には結婚もしました。

 

「ただ、加賀繍を仕事にしようと思ったことはなくて、ライフワークの一環として続けられればくらいに思っていました。なので、祖母の引退が近づいたときも、あまり積極的に家業を継ぎたいとは思えず…。そんなときに主人から”100年も続いている伝統が途絶えてしまうのはもったいない”と言われて、考え直すようになりました。加賀繍を続けている家は金沢で数軒。家業だけでなく、金沢の伝統が廃れてしまうことを残念に思い、この仕事を受け継ぐことを決めました。作業は自宅兼工房で。育児をしながらできる仕事だったのも大きかったですね」

 

ちなみにご主人は”手”専門の整形外科医。夫婦揃って糸と針で縫い合わせる仕事とは、面白いものです。

 

2008年には伝統工芸士にも認定された。

繊細な技法を駆使した立体的なデザイン。

糸を何重にも重ねて繍うことで立体的に見せる〈肉入れ繍〉や、絹糸の色を変えながらグラデーションをつけていく〈ぼかし繍〉など、様々な技を駆使して表現される加賀繍。絹糸から放たれる華やかな輝きには、ひと針に込められた職人の奥ゆかしさも感じます。

 

そのデザインの基本となるのが〈草稿〉と呼ばれる、思い描いたイメージをもとに墨と筆で下描きをする作業。古典的な柄には花丸紋や宝づくし、左馬などがありますが、近年は現代人のファッション感覚にもフィットした様々な柄が描かれています。

 

何重にも繍うことで立体感のある作品が生まれる。

 

色鮮やかな絹糸によって、模様をあしらう〈繍加工〉。絹糸の妙技が光る、加賀繍の醍醐味のひとつです。ここでは太さの異なる10数本の針を使い、ひと針ずつ丁寧に繍いつけていきます。針はすべて職人さんの手作り。「先がすごく尖っていて、思ったところにピタッと当たるんです」と横山さんも話すように、立体感のある繊細な作品を生むためには欠かせない道具となっています。

 

糸と針。横山さんの大切な仕事道具。

海外ファッションブランドとのコラボ

2008年に国の伝統工芸士となり、2011年には自身の工房『加賀繍IMAI』も開設した横山さん。その後は、長きにわたる伝統と技法を守りながら、新たな加賀繍にも取り組んでいくことになります。そのひとつが〈FENDI〉や〈VIVIENNE TAM〉といった海外の服飾ブランドとのコラボでした。

 

「昔からある伝統的な文様と現代的なデザインを組み合わせて、新しいものを創り出したいと思っていたときに、運良くお話をいただきました。色使いもこれまでの呉服の世界観から脱却したものになったり、こうしたコラボは今の時代のファッションやカルチャーに、伝統的な加賀繍をどう落とし込むかのヒントにもなりました」

 

加賀繍をあしらった〈FENDI〉の代表的なバッグ〈バゲット〉。

 

東洋の伝統と西洋を融合する世界的ブランド〈VIVIENNE TAM〉ともコラボ。

 

手内職としても発展してきた加賀繍は、女性の職人さんが多いことでも知られる伝統工芸。その繊細な感性と技術があってこそ、華やかで奥ゆかしい風合いが生まれます。昨年からは娘の実希さんも工房入り。横山さんのもとで伝統工芸士を目指し、修行を続けています。

 

「同世代の人たちにもっと加賀繍の魅力を伝えたい」と実希さん。横山さんも「若い感性を生かして、どんどんものづくりに挑戦して欲しい」と楽しみにしています。

 

ミス百万石にも選ばれた娘の実希さんと。

 

自身が運営する刺繍教室では、伝統工芸士を目指す多くの生徒を抱えている横山さん。それでも「祖母は90歳まで刺繍をしていたので、私なんかまだまだ足元にも及びません」と謙虚な姿勢は忘れません。そんなところに加賀百万石の伝統を受け継ぐ、職人ならではの奥ゆかしさを感じてしまったのは僕だけでしょうか。

 

工房では小物づくり体験も行っているので、興味のある方はぜひ訪れてみてください!

 

 

加賀繍IMAI

かがぬい いまい
石川県金沢市三口新町3-4-19
TEL.076-231-7595
営業時間/10:00~17:00
定休日/不定休
駐車場/あり
※こちらの情報は取材時のものです。

 

(取材・文/吉岡大輔、撮影/林 賢一郎)

 

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