
Kan Sanoの音楽的ライフ【観ずる日々】第84回:お盆、スキロー、阿部、感謝。
金沢市出身のキーボーディスト/プロデューサー・Kan Sanoが綴るエッセイ。新世代のトラックメーカーとして支持されるアーティストの音楽的ライフを覗いてみよう!
ひたすら自宅で制作を続けて8月も終わった。ライブが無いとすぐ引きこもりに戻ってしまう。
今年もお盆は実家に帰ったけど、東名高速道路の下りはもちろん大渋滞で、「あー、タイミングをずらして帰省する手もあったのに、何でわざわざお盆に合わせてしまったんだ…」と、ハンドルを無気力に握りながら後悔した。事前に渋滞予想をチェックして、お盆の中でも比較的空いてそうな日を選んだけど、読みが全然甘かった。
渋滞中の高速道路に入っていく時のなんとも憂鬱な気持ち。誰か歌にしたことはあるだろうか。御殿場を抜けるまで2時間以上かかった。
今年は名古屋で1泊、金沢で3泊した。1週間弱の短い休みだったけど、気分転換にはちょうど良かった。渋滞が無ければ運転すること自体は好きだし、車内でPodcastを何時間も聴き続けるのは、長距離移動の旅ならではの楽しみになっている。「令和ロマンのご様子」と、TBSラジオ「OVER THE SUN」をひたすら聴いた。
ちょうど金沢21世紀美術館で「スキップとローファー展」が開催中だったので行ってきた。スキローはキャラクターの内面描写や個々の成長、関係の変化を細かく丁寧に描いているのがたまらなく好き。高校生たちの内面の葛藤が高い解像度で描かれていて、且つそこには作者の優しい眼差しが常にあるからポジティブな気持ちになれる。
僕が他の漫画につい抱いてしまう、「こんな素直な子、実際にはいない」「話ができすぎてる」的なシニカルな視点を跳ね除ける説得力があるのは、内面の描き方があまりに丁寧でリアルだからだと思う。気が付けば、共感能力が低い(と周りからは言われてる)自分がいまガッツリ感情移入できる唯一の漫画になっている。
展示された美しい原画の数々を眺めながら、そもそも自分はこの絵のタッチが好きなのだと改めて気付いた。漫画はストーリーや演出がいくら良くても、絵が好きじゃないとやっぱり完全にはハマれない。セリフやコマ割りには音楽のビートやグルーヴに通じるものがあると常々感じているけど、絵自体にも同じことが言えるんだなあと思った。
グッズなんて滅多に買わないのに、アクスタやステッカー、アートブック、更にはグラスまで揃えてしまった。グラスやマグカップって推しの本気度が試されるアイテムですよね。だってグラスなんて家に山程あるわけで、冷静に考えたらこれ以上増やさない方がいいに決まってる。分かっていても効率より非効率を選んでしまう自分には少し呆れつつも、なんだか微笑ましい気持ちになる。歳を取っても人は物を集めて手放して、また集めてを繰り返していく。この謎作業って多分一生変わらないんだよなあ。最近はスキローのグラスでノンアルビールを飲むのが日課になっている。
スキローと真逆のジャンルだけど、「アンダーニンジャ」も連載開始からリアタイで追い続けている数少ない漫画。「今この瞬間も作者は話の続きを描いているんだ…!」と想像すると、漫画もライブなんだなあと実感するし新刊が出る度ワクワクする。
8月に出会った美しいものがもうひとつ、阿部芙蓉美さんの弾き語りライブだった。
阿部さんの音楽をもう何年も聴き続けているけど、ライブを観るのは初めて。Kan SanoのライブをいつもサポートしてくれているボーカルのKacoちゃんとのツーマンライブだった。
阿部さんはひとりステージにスーッと立って(その力の抜けた佇まいがまたカッコ良すぎた…)、エレキギターを指で爪弾きながら囁くように歌っていた。歌もギターも終始繊細なタッチで、余分なものが極限まで削ぎ落とされた静寂の美を体験した。まるでボサノバのリビングレジェンドを観てるようだった。
あの時の感覚はなんだったのか、よく分からなくて上手く言語化できない。一人の女性の芯に触れて、その生き方の力強さと心細さを全身で受け取った。濃密な時間だった。ずっと半泣きで観てたけど、すぐ隣にはフデ君やKacoちゃんがいたのでなんとなく涙を堪えた。泣きたいライブは一人で観に行くべきなのかもしれない。もっともそんなライブは滅多にないのだけど。終演後もしばらく放心状態だった。この気持ちをどうにか残しておくには、やっぱり歌にするしかないなと思った。
こんなに強いショックを受けた弾き語りライブは、15年前にJazzysport Appiで初めて観た七尾旅人さんと、下北沢のLeteで観た長谷川健一さん以来だった。まだ新しい感情や感覚に出会えることが嬉しかったし、阿部さんに心から感謝した夜だった。
7月から複数のプロジェクトを同時に進めていて、年内にリリースできるものもありそう。
今はとにかく作って作って作りまくるしかない。北野武のインタビューを観ていて改めて思ったけど、創作に集中できる環境と健康な身体があることへの感謝を忘れてはいけない。頭で分かっていても日々ルーティンで過ごしていると、日常の有り難さを当たり前のこととしてついスルーしてしまう。
今月から久々にライブが続くので、創作のモードがまた変わるかもしれない。どうなっていくんだろう。楽しく過ごしていきたい。