
自分の才能が分からない?|裕子の艶言葉 #91
酒が入れば心も開く。金沢屈指の名門クラブに在籍し、現在は木倉町でワインバーを経営する裕子さんの酸いも甘いも知り尽くした人生談義。酒席で老若男女の心の声に耳を傾けてきた夜の蝶ならではの言葉は、まるで美酒のごとく身体の奥まで沁みわたります。
「何をやっていいのか、分からない」
「自分の才能が分からない」
年齢を問わず、何をして生きていけばいいのか分からない人はたくさんいます。自分の使命のようなものが分かって生きている人は、もしかするとすごく稀なのかもしれません。
21歳になる娘も、いつも自分探しをしています。小さい頃から「やりたい」と言ったことは極力できる環境をつくってサポートしてきましたが、若さゆえの飽きっぽさで続かないこともしばしばです。
自分の若い頃を振り返ると、やりたいことに溢れていたはずなのに、未熟すぎる自分を棚に上げて環境のせいにしたり人のせいにしたり、文句ばかり垂れて行動しなかったことを思い出します。若さのパワーを持て余すあまり、破滅的な方向へ進んだことも数えきれません。恥ずかしく、愚かな過去です。そんな時の妊娠は、ある意味人生の強制ストップだったと、今では感謝しています。
こんなあたしですが、カウンセラーの資格を持っている印象からなのか、たまに人生相談を受けることがあります。人様の悩みにお答えするなんておこがましいので、あまり相談には乗らないようにしているのですが、あまりにも気の毒に思ったり、何か気づいたことがあったりすると、少しだけアドバイスすることもあります。
なにせ、みなさん自分の才能に気づいていないことが本当に多いですから…。
才能は、自分が普通にできてしまうことの中に多いと思います。「できて当たり前」だと思うことの中に、ヒントが隠されています。
日本人であるあたしが「日本語うまいですね」と言われても、「日本人だしなぁ、当たり前だ」と思います。でも話せない人からしたら、「難しい日本語を操ってすごい」ということになるのです。
歩きながらお喋りをして、ワインの説明をしながら栓を抜いていると、ワインに詳しくないお客様からは「すごい」と褒めていただけます。あたし自身は「いや、毎日ワインの栓を抜いているし、普通だ」と思うのですが、できない人たちからしたら、それが才能なのです。
計算が大の苦手なあたしからすると、計算が得意な人を見ると拍手したくなります。根気強く人に何かを教えられる人には、心から尊敬の念を抱きます。強くたくましく何かに挑む人には、憧れずにいられません。なぜなら、あたしにとっては足りない才能ばかりだからです。でもきっと、それらを持っている人たちにとっては当たり前すぎて、まさかそれが才能だなんて気づいていないのだと思います。
あたしもワインに関してはすごく勉強し、努力もしました。試験のために何本も栓を抜きました。「このワインってどんなワイン?」にお答えできるよう、テキストをたくさん読みました。飲みました。それらが「できて当たり前」になった時、才能と呼ばれるものになるのかもしれません(といっても、まだまだ知らないことだらけ。謙虚な気持ちは忘れず、学びをやめないでいようと思っています)
何かを習得するには、最低21日間続けるといいと言われています。たとえば「朝起きて歯磨きをしないと気持ち悪い」というように、21日間続けることがひとつのきっかけになり、脳や身体に習慣として刻み込まれるのです。
才能は「無い」のではなく、ほとんどの場合「気づけていない」だけなのです。才能に気づけない時は、ぜひ自分が信頼できる人と話をしてみてください。自信を取り戻すヒントがあるかもしれません。
そして、何かを始めるのに遅すぎることはありません。何にワクワクしますか?子供の頃は何になりたかったですか?なんでもいいんです。
とりあえず21日間、続けてみませんか?
艶小噺
またもや、嬉しいご縁により、テリー伊藤さんが監修する「金沢美容専門学校」のヘアメイクショーに出演させていただきました。
若くかわいい学生さんたちにヘアメイクをしてもらい、ステージを歩く。若くキラキラした皆様に交ぜてもらい、記憶に残る良い思い出になりました。
皆様、ありがとうございました♪

